20 / 120

第20話

 パセリを散らして完成させたパスタを万里に託した久世は、思い出したように冷蔵庫を開けた。 「そういや、何も出してなかったな。なんか飲むか?酒……は、俺もこの後仕事だからやめとこう。コーヒーか、ペリエか、水くらいしかないが」 「じゃあ、ペリエで」 「甘くない炭酸だぞ?」 「知 っ て ま す か ら!」  コーラとかなくて悪いな、などと笑う久世は本当に憎たらしい。  小学生かなにかと勘違いしているのではないかと憤りながら皿を運ぶと、キッチンの傍にあるダイニングテーブルの端には、経済誌と新聞が積まれている。  ふと室内を見渡すと、点々と同じような新聞や雑誌の小山が見えるが、散乱したりはしていない。  ところどころに洗濯物が折り重なっていたりもしないし、キッチンもすぐに料理が始められるくらい綺麗だった。  男所帯(恐らく)にしては、とても片付いているように見える。  久世は料理には年季が入っていそうだが、ものすごくまめなようにも見えない(決めつけ)ので、恋人が掃除していたりするのだろうか。 「(…………。何で今もやっとした、自分)」 「どうした?」 「な、なんでも」  追いついてきた久世の問いかけに、慌てて首を横に振った。  恋人がいるのか。  一瞬、聞こうかと思ったが、やめた。  久世に恋人がいようといまいと、自分にも自分の目的にも関係のないことだろう。 「美味い」  向かい合って椅子に座り、ぎこちなく口に入れたパスタは、見た目の『美味しそう』を裏切らなかった。  思わず漏れた感想に、「それはよかった」と久世が笑う。  エンドレス子供扱いのような気がしてむっとしなくもないが、料理に罪はない。  わずかな時間でこんな物を作れてしまう久世を、……ほんの少しだけ見直した万里だ。  反論せず、とりあえず食べる幸せに浸っていると、 「それで?バンビちゃんは、俺と店の外で二人っきりになって、一体何を企んでるんだ?」  久世の唐突な話題転換に、万里は危うくパスタをふくところだった。 「な……っ、ん、どう、して」  口の中のものを何とかして飲み下し、咳き込みながら『まさか気付かれていたなんて』と青ざめたが、大丈夫か?とわざわざ水を持ってきてくれた久世には、特に万里を責めるような様子はない。 「思いつめた表情で『二人で飯食いたい』なんて言うから、何か店では言えないお願い事でもあるのかと思ったんだが。俺狙い、って言うにはちょっと色気が足りない感じだし」 「(……バレてるわけじゃないのか?)」  久世が何を考えているのかわからない。  ただ、ここまで来て、「何もない、ただ久世とラーメンを食べに行きたかっただけだ」などと言っても信じてはもらえないだろう。万里にとってもここで引くことにはあまり得はないように思える。  やはり危ういところまで踏み込まないと、欲しいものは得られないようだ。  久世が何者なのか万里が気付いていないふりで通すしかない。 「もし……お金に困ってるから金を貸して欲しいって言ったら?」 「いくらくらいだ?」 「五億」  その額に久世は驚かなかった。  万里の境遇を知っているから予想していたのか、彼にとっては大した金額ではないからか。 「それは俺のとってもはした金じゃないな。担保は?」 「担保……」  そんなものは持っていない。  頭を振って、ないことを示すと、久世は「そうか?」と首を傾げた。 「相手が俺ならバンビちゃんには切り札があるだろ」 「……切り札?」 「俺はバンビちゃんの指名客だぞ。自分の体を担保にっていう手があるじゃないか」 「は?」  この男は何を言っているのか。  ギャグ? 「か……、体?」 「返済に関しても体で払えば一石二鳥だな。金の移動に手数料がかからない」 「バッ………」  馬鹿なことを言うなと声を上げかけた口元に、すいと長い指が伸びる。  突然のことに硬直した唇を、少しかさついた指先がざらりと撫でた。  あたたかい。  覗き込んでくる瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。  鼓動が、うるさい。 「一考の価値はあるだろ」  万里の口元を撫でた指を、ちらりと唇からのぞいた舌が舐める。  それがやけにいやらしくて、何かの臨界点に達した万里は真っ赤になって叫んだ。 「な、ないっ!というか人のおべんと食べるなー!」

ともだちにシェアしよう!