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第42話

「もちろん、お前が鈴鹿さんの息子だっていうのはすぐにわかった。泣きを入れるようなら優しくしてやろうと思ってたが、意外に食いついてきて、話をするのが楽しくなって…」 「こっちは楽しくなかったけど…」  それほどいい思い出でもないと恨みがましい視線を送っても「だろうな」と久世は呑気に笑っている。  まったく、この男は。 「あんたは楽しそうでいいよな…。さっきも一人で美味しいところ持ってったし」 「俺は月華達みたいに荒事が得意じゃないから、あともう一人場馴れした奴がいたら危なかったけどな。大竹が武闘派じゃなくて助かった」  神導がどれほど強いのか知らないが、久世も二人を相手にしたのだから、十分だったように思える。少なくとも、下半身丸出しで半べそかいていた自分よりは美味しいところをさらっていたはずだ。  そういうところに、追いつけない距離を感じる。  唇を尖らせていると、不意に久世は表情を改めた。 「とにかく、怖い思いをさせて本当に悪かった。でもこれで、大竹のことも片付いたし、もうすぐ家に帰れるから」 「………………」  打って変わって真摯に謝られて、万里ははっとして目を見開く。  そうだ。  横領をしていた人間が逮捕され、会社のことも(父のこと以外は)順調なのだとしたら、万里が『SILENT BLUE』にいる理由はなくなる。  そうしたら久世とも、会う理由は。 「浮かない顔だな」 「えッ、そ、そんなことは」 「『SILENT BLUE』で俺と会えなくなるのが寂しいんだろ」 「なにゅを!?」 「噛んでるぞ」 「う、うるさい!」  噛んだ、と思ったのを間髪入れず指摘されて、赤い顔で怒鳴った。 「そんなアンニュイな顔しなくても、個人的に会えばいいことだろ。俺とバンビちゃんの仲なんだから」 「個人的…って、いうか、『俺とバンビちゃんの仲』がわからな」  文句は、突然伸びてきた手に後頭部を引き寄せられ、口を塞がれたことで途切れた。 「…こういうことだろ」  重なったのは、たったの一瞬。  ごちそうさま、と嘯いた唇を、ちらりと赤い舌が舐めた。  そのいやらしさに顔から火が出そうで、なのに、目が離せなくて。  万里は、今までのところ異性愛者だった。  女の子と付き合ったことだって(一応)ある。  だから、男から、しかも根性のひん曲がった久世なんかにこんなことをされたら、嫌悪感を覚えてもいいはずなのに。 「わ、からなかった……。い、一瞬すぎて」  何故、もっと欲しいと思ってしまったのか。  稚拙な挑発に、男はニヤリと悪い顔で笑った。 「ん…ッ」  センターコンソールを挟んで、再び、しかし今度は深く唇が重なる。  差し入れられた舌が絡むと、くち、といやらしい音がして、頭が痺れた。  至近の久世の体温が、熱い。いや、熱いのは自分なのか?  歯列を辿られると力が抜けて、何もささっていないドリンクホルダーに手をついた。  ゾクリと背筋を妖しいものが這い上がって、どうなってしまうのかわからず怖くなる。  その未知の感覚への恐れで反射的に強張ったのが伝わってしまったのか、久世は万里を呆気なく開放した。 「……っ……は…っ」 「ん……今日はこの辺でやめとくか。俺も少し頭に血が上ってるし」 「な……んで……?」  とてもそんな様子には見えない。  あんないやらしいキスをしてきたとは思えないような、涼しげな顔をしている。  だが、久世はそうでもないと眉を顰めた。 「あいつらにバンビちゃんの大事なところを見るの先を越されたからな。流石の俺もお怒りモードだ」 「は…、あ?へ、変な言い方するな!っていうか、囮捜査はあんたと神導が仕組んだことだろ!」 「まあそうなんだけどな…。やっぱり初めては大事」 「男なので、ふ・つ・う・に、日々便所でさらされてますから!」  他にもう少し言い方とか……。  何か、いい感じだったムードを返してほしい。

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