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第49話
最後の勤務を無事に終え、支給されていた制服やスマホを返し、万里は一人自宅へと戻った。
返してから気付いたが、久世の連絡先が入っているのは支給されていたスマホの中だけだ。
これで個人的に連絡をとることは、もうできない。
だが、それでいいのだ。
あれは、万里が手にしていていいものではなかった。
戻れたのは深夜だったが、家には明かりがついていた。
驚き、慌てて中に入ると、父が居間のソファで長くなっている。
「……おかえり、万里。帰ってくるって聞いたから、寝ないで待ってたよ」
物音に気付き身を起こした父は目を擦りながらふああと欠伸をする。確実に寝ていたようにしか見えない。
それでも、やはり無事に再会できたのは嬉しかったので、つい微笑みがこぼれた。
「父さんも、おかえり」
翌朝。
目覚めた場所が慣れ親しんだ自分の部屋であることに安堵もあるが、同時に喪失感も強く感じてしまい、早く元の生活に慣れなくてはと万里は頭を掻いた。
昨晩は一人になるととても悲しい気持ちになったものの、横になればちゃんと眠れた。
自分は案外図太いのだなと思う。
だから、大丈夫だ。
久世のことも、『SILENT BLUE』のことも、いい思い出として過去のものにできる。
のろのろとリビングに行くと、父がテレビを見ながら少し遅めの朝食を摂っていた。
「おはよう父さん」
「おはよう万里。今日は学校?」
「日曜日は普通学校ないだろ」
「あー、今日は日曜日かあ。幽閉生活長かったから曜日の感覚がなくなっちゃった」
この父親は、とジト目で見ながらも曜日の感覚が薄いのは万里も同じだった。
「(明日からちゃんと起きられるかな…)」
『ちゃんと社会復帰できそうか?』
唐突に昨晩の久世の声が蘇り、一瞬で感傷的な気持ちになった万里は、浮かんでしまった涙を欠伸でごまかした。
元気がないのは腹が減っているせいだ。
何か食べるものを物色しようとすると、インターフォンが鳴った。
「万里、父さん今手が離せないから出てくれる?」
手が離せないというのはプリンを食べることか、それとも美人アナウンサーの天気予報か。
釈然としないものはあるが、自分の荷物が届いた可能性が高いので、そして揉めて来訪者を待たせてもいけないので万里は渋々玄関へと向かう。
ハンコを掴み、「は~い」と気の抜けた返事をしながら玄関ドアを開けた。
「おはよう、バンビちゃん」
!?
夢か。
万里は反射的にドアを閉めた。
だがそれは、寸前で久世の長い足に阻止される。
「つれないなバンビちゃん。いきなり閉め出すことはないだろ」
夢ではなかったようだ。
強い力でドアを引かれ、慌ててドアノブを逆方向に引っ張る。
「こんな朝から何の用ですかっていうかあんた押し込み慣れしすぎ!怖!」
「それほどでも」
「ほ め て な い で す か ら !」
「万里?ゴム紐の押し売りでもきたの?…あ、久世くん。おはよう」
ドアを挟んでの必死の攻防が、リビングにも届いていたらしい。
野次馬根性でやってきた呑気で昭和すぎる父の言葉に「ゴム紐の押し売りなんて今の時代来ないよ」というツッコミを脳内に思い浮かべたおかげで、隙を作ってしまった。
さっと内側に入り込んだ久世は、胡散臭い爽やかな笑顔で、父に会釈をする。
「おはようございます、鈴鹿さん」
「うちの万里と遊んでくれてるんだね。ありがとう」
「遊んでいただいているのはこちらですよ。この後、ご子息を少しお借りしてもいいですか」
「もちろん。万里、久世くんにはすごくお世話になってるんだから、迷惑をかけないようにね」
一番各方面に迷惑をかけている父さんにだけは言われたくない。
何をもっともらしく言っているのかと腹立たしく思いながらも、確かに久世には親子揃って世話になっているわけで。
万里に逃げ場はなくなった。
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