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第67話
後で色々考えてしまいそうなので久世の女性遍歴など聞きたくはないと思いながらも、好奇心という意味で興味はある。
このモテしかなさそうな男がふられたというのは何なのか。
話の続きを期待してつい前のめりになっていたが、鹿島の「まあまあ」というのんびりした声に水を差された。
「オーナー、色々握れてテンション上がってるのわかりますけど、武士の情けってやつで一つ」
神導はにんまりと口角を上げた。綺麗な笑顔だが、明らかに悪役だ。
「えー、どうしようかなー。僕さー、ちょっと今赤坂のお店で欲しいとこあってー」
「だから、赤坂は利権が面倒だからやめとけって言っただろ」
「そこをなんとかするのが昴の仕事でしょ。こっちには人質がいるからね」
人質、のところで細い指が万里の肩にかかり、久世は天を仰いだ。
なんと自分は人質だったのか。
万里のせいで久世が難しい仕事を押し付けられそうになっている……。
自分に人質としての価値があるのかと思えば少しいい気分だ、などと言ったら後で意地悪をされそうなので黙っておこう。
「ま、これでも一応根は一途だから、投げ出さずに付き合ってやって」
突然耳元で囁かれてぱっと神導を見ると、今度は邪気のない顔でにっこりされる。
あの時の『昴をよろしくね』はそういう意味だったのかと、今気付いた。
それからすぐに開店時間になり、万里は開店前のミーティングが終わると、その間フロアの客席の一つを陣取っていた久世の隣に移動した。
既に手元にはウィスキーグラス。テーブルの上にはテキーラの瓶、そしてライムと塩。
……すっかりくつろいでいらっしゃる。
テキーラをショットで……なんて、万里だったら一杯飲み切れるかどうかも怪しい。
過去に酔わせようと画策したこともあったが、この男は想定を上回るザルだったようだ。
「飲んだくれ」
失礼しますの一言もなしに隣に座ってやったが、久世は楽しそうに目を細めるばかり。
「バンビちゃんも飲むか?炭酸で割るのもイケるぞ」
「じゃあ……すごく薄めにして飲む……」
ボーイにオーダーするとすぐに炭酸水が運ばれてくる。
炭酸で割ってもらったテキーラは、ハイボールに似ていて初心者の万里にも飲みやすかった。
久世は酒なら何でも好きなようで、色々な飲み方もよく知っている。
「結局あんたがふられた話聞けなかった……」
アルコールの入った勢いで先程の話を蒸し返せば、久世は少し呆れた顔でグラスを呷った。
「そんな話聞きたいのか?悪趣味だな」
「俺はいつもかっこ悪いとこばっかり見られてるんだから、たまにはあんたがやらかした話を聞きたくてもいいだろ」
「別にバンビちゃんはかっこ悪くないだろ。かわいいだけだ」
「それがかっこいいに代わる褒め言葉なのかどうかが判断できない……」
というか、明らかに褒め言葉ではない。
「あと、オーナーはやっぱり俺の知らないあんたのことをたくさん知ってて羨ましいなって」
「あれは俺たちで遊んでるだけだ。月華が喜ぶから、あまり乗ってやるなよ」
そういう互いのことを理解している感が羨ましいのに。
神導と久世の間に恋愛感情がないのは理解しているが、それとこれとは少し違う。
言っても詮無いと知りつつ、ついしゅんとしていると、久世は仕方がないなと溜息をついた。
「別に月華が言ったとおりだ。過去に何度か、温度差が気になるみたいなことを言われて恋人だった奴に逃げられたことがある」
万里には、元恋人たちの気持ちもわかるような気がした。
実際に一度逃げているし……。
「よくわかる、みたいな顔するなよ。お前のことはちゃんと迎えに行っただろ」
「迎えというか連行というか……前の恋人にはしなかったの?」
「自分なりには大切にしてたつもりだったからなあ……そこを直せって言われても、そんな一から自分を見つめなおすようなことをするより他に気の合う奴を見つける方が早そうだと思ったし、あと仕事も忙しかったし……」
それが温度差ー!
何か、自分含め久世の歴代彼女(彼氏もいたのだろうか…)がかわいそうになってきた。
「もっと恋愛に真剣味を!」
「だから、バンビちゃんのことは迎えに行っただろ(二回目)」
「……俺も温度差は毎日気になるんですけど」
「お前は俺相手に毎日ちゃんと文句を言ってくれるからな。安心してる」
「文句を言われないようにしようとか何かないんですかね」
「文句を言ってくるお前が好きなんだ」
「バッ……」
叫びそうになって口を押えた。
こんなところで好きとか言うなとかあと本当にこの男は腹が立つ!
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