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第66話

 気持ちが通じ会う前とあまり代わり映えのしないやりとりをしつつ、一応久世とは上手くいっていると思う。   折角家に戻れたというのに、不在がちにしてしまっていることだけは気になるが、今は久世と一緒にいたいという気持ちの方が勝っているので、仕方がない。  そんな日々を送りながら、単位をもらうための課題をなんとかやり終えて、万里は『SILENT BLUE』に復帰した。  復帰の日、フロアに立って、まだ辞めてから一月も経っていないのにとても懐かしく感じる…!と感動した万里に反して、他のスタッフの反応は「ああ、お疲れ」くらいのものだった。  戻ってくると確信されていたなら嬉しいけれども、もう少しこう…!と切なくなっていたが、伊達と桜峰はとても喜んでくれた。  店長の『店に迷惑をかけたら潰す』圧に早くもめげそうになりながら、これからは週に二日から三日程度、働かせてもらうことになっている。    復帰から数日後の開店前、万里はスタッフ用のカウンターに久世と並び、世界一美味い(当社比)天ぷら定食をいただいていた。  サクッとした衣と旬の食材。また定食なのがいい。これがコース料理だったりすると、白米を好きなタイミングでかきこめない。  復帰してよかった……しみじみとそう思った。幸せすぎて頬が落ちそうだ。  隣の久世もししとうの天ぷらをもぐもぐしながら、幸せそうな顔をしている。  実は久世の食べているところを見るのは好きだ。  がっつり食べるくせに、所作が綺麗で憧れる……というのは、恥ずかしいのでもちろん本人には内緒である。  授業が終わってから、『SILENT BLUE』で待ち合わせて夕食を、と久世から連絡が来たので、『先に行ってあんたの分も食っとく』と返事をしたのに、到着は同じくらいだった。  流石に有言実行。万里を口実に鹿島の料理を食べに訪れるなんて、『甘いものをくれるからって知らない人についていくなよ』などとからかうくせに、久世だって美味いものにつられている。  ちなみに、開店後はそのまま客として居座ってくださるそうだ。  嬉しいような、恥ずかしいような。  復帰した日にも来てくれたのだが、『SILENT BLUE』でキャストと客として話をするとき、どの程度くだけていいのかはまだ模索中だ。  普段の調子で話すと久世の失礼な発言にうっかり叫んでしまったりしそうなので、店長に消されないように気を付けなくてはならない。 「お疲れ様。って、何これ同伴出勤?」  いつの間にか来ていたらしい神導に後ろから声をかけられ、その内容に味噌汁をふいた。 「…げほっ…、っち、違います!」  思わず赤くなって否定したが、全員から『今更』というようななまあたたかい視線を頂戴してしまった。  ……別に、関係を否定したわけじゃない。ここで待ち合わせたから、同伴は正しくないと主張したかっただけで……。 「ここで待ち合わせて最高級のタダメシ食ってただけだから気にするな」  久世の『タダメシ』に神導は渋い顔をした。まあ、ごく当たり前の反応だ。 「どうせならお客様としてオーダーしてくれればいいのに。いいけど、基武に怒られる人誰か決めといてよ?」 「…師匠が高い食材使ったってことにしときますよ」 「はじめが針の筵になるならいっか。一輝、僕にもいつものくれる?」 「仰せのままに」  いつもの、とはとても高級な紅茶のことだ。  神導は相変わらず無駄に綺麗で、優雅で、世界が違うなと思う。 「上手くいってるようで大変結構。唯純と湊が心配してたからさ」  数分後、神導はカウンターに置かれたティーカップを細い指で掲げ、気遣いかからかいか、あるいはどちらもなのか、悪戯っぽく笑いかけてくる。 「その節は、色々とご迷惑をおかけしまして…」  勘違いからフロアで醜態を晒してしまった身としては小さくなるしかない。  神導はおどけた表情で僕は別に何も、と肩を竦めた。 「だって昴の本気は伝わりにくいからね。誤解されても文句は言えないよね」  ふふんと鼻で笑われて、久世が渋面になって茶をあおった。 「いつにも増して失礼だなお前は」 「失礼?事実でしょ。今まで、遊びだって誤解されて何度ふられた?」 「………………音楽の方向性の違いだ」 「ふられたんじゃなくて解散だったの?その見栄いる?」 「うるさい。お前と仲良くしてると、バンビちゃんがまた誤解して泣くかもしれないだろ。絡むな」 「いやっ……大丈夫なので、もう少しその辺りのことを詳しく……」  思わず、口を挟んでしまった。  四つの目が万里を見る。 「かわいいバンビちゃんは聞きたいって言ってるけど?」 「……………………」  黙り込んだ久世は、裏切られた顔をしていた。

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