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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ14

 ようやく、そして無事に地上へと戻って来られた万里は、昼間合流した際に父が寛いでいたカフェの三分の一ほどの値段の有名コーヒーチェーン店でアイスカフェラテを飲みながら、迎えにきてくれるという久世を待っていた。  ぐっと眉を寄せて睨む手元には、名状し難い形のピンバッジがある。  そう、例の、『暗黒の夜明け団』のバッジだ。  大きさは一センチほどと大きくはなく、色は黒。炎のような、鳥のような、一見して何と断じ難い形をしていて、表側の中央には、目を凝らさないと発見できないくらいにうっすらと、花のような、葉のような、家紋のようなものが確認できた。  「ような」としか表現できないのは、万里が紋様について全く詳しくないからというのもあるが、そもそもが既存の宗教からの派生ではない、異端の信仰を持つ秘密結社が作っているので、何物にも似ていないというのもあるだろう。 「(……捨てたい)」  しかしどこに捨てたらいいのかもよくわからない。  何故自分までこんなものを持つに至ってしまったのかと、万里は大きなため息をついて、がくりと項垂れた。  あの謎の庭園で。春吉を発見したことを伝えにきた三角頭巾が去ってすぐに、父は左右を同じような三角頭巾に固められて現れた。  万里の姿を発見すると、駆け寄ってくる。 「あっ、万里!もー、突然いなくなったから心配したんだよ」  迷子だったの、父さんじゃなくて俺!?  何故あのような見通しのいい場所ではぐれてしまったのかはわからないが、先にいなくなったのは確実に父だ。  ものすごく釈然としない思いで、「うちの子がお世話になりました」と九鬼に頭を下げる春吉を見る。  九鬼は感慨深そうに「再会できてよかったな」と頷いていて、違うそうじゃないと訂正することはできなかった。 「ところで……あなたが、一番偉い人ですか?」 「宇宙で一番偉いのは我が主だが、人間の中で一番偉いのは俺だな」 「恋人がここの会員になりたいと言っているので、バッジが欲しいんです」  春吉が何のためらいもなく交渉を始め、万里は、自分がここにいた理由を「うっかり迷い込んだ」と言ったことを思い出して、青褪めた。 「ちょ、父さ……」  もう遅いとは思いながらも止めようとするが、九鬼の返答の方が先だった。 「よかろう。持っていくがいい」  そんな軽さでいいの秘密結社って!?  『恋人』がどこの誰かも確かめてないし、頼んでるのは不法侵入者なんですけど!?  万里は断罪されなかったことをほっとするよりも、突っ込みどころしかないやりとりに頭を抱える。 「ありがとう、偉い人!」 「ああ、その恋人とやらと貴様の二人分……、そうだな、それから息子の分も用意してやろう」 「えぇっ……?」  謎すぎる九鬼の厚意に、万里は目を剥いた。 「いや、俺は、」 「よかったね!万里!」  まったくよくない。  よくはないのだが、「いやいらないから」と軽く断れる雰囲気ではなかった。 「うむ。我が『暗黒の夜明け団』は、主の許可した入団希望者を拒むことはしない。いつでも訪ねてくるがいい」  回想を終え、万里は改めてため息をついた。  父はビルを出るなり「今夜はビフテキなんだ!」と言ってウキウキ帰っていった。  その背中に向けて「「巻き込んでごめん」くらい言えよ。あとビフテキって今あんまり言わないよ」と毒づいてしまったのは、断じて、ステーキが羨ましかったからではない。ごく普通の、自由すぎる父親への不満だ。  いっそこのバッジは久世にでも預かっててもらおうかと思いながら、ケースへとしまっていると、とんと肩を叩かれた。 「悪い、万里。遅くなった」  見上げれば、いつの間に来たのか久世が立っていた。  近くまで来たら呼び出されるのだと思っていたのに、どこか近くに車を停められたのだろうか、手にはコーヒーカップの乗ったトレイを持っていて、寛いでいく気満々だ。  女性客の視線がこの場所に一点集中しているのは、気のせいではないだろう。  非常に腹立たしいことに、安価なコーヒーチェーンのごちゃごちゃした店内にあっても、久世がいるだけでドラマのワンシーンのようになってしまう。  一緒に住んでいるというのに、会えただけで嬉しいのも、本当に腹立たしい。  腹立たしいが……迎えに来てくれた相手にワンパン入れるのも違うと思うので、万里は小さく笑って首を横に振った。 「いや……、むしろ、なんかごめん。どうせ帰るだけなのに、仕事帰りに拾ってもらって」 「これは役得だろ。お前と一緒にいられる時間は、少しでも長い方が嬉しいからな」 「、」  そういうことは、せめてもう少し人気のない場所で言ってほしい。  より一層注目度が増してしまったような気がする。 「いてっ、なんで殴るんだよ」 「早く座れば!?他のお客様のご迷惑になってるから!」  結局ワンパン入れてしまった耳まで真っ赤な万里であった。

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