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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ13

 頭上には満天の星。  見渡す限り咲き乱れる四季折々の花。  風が吹き、真紅の薔薇の花びらが、刹那、万里の鼻先で踊り、気まぐれにまたひらりと飛んでいく。  ……ここは、一体どこなのだろう。  ティータイムに付き合えと言われ、案内されたのがこの広大な庭園だった。  三角頭巾たちとの衝撃の出会いの場所から、そう移動したわけではない。  少し歩いて、目の前の男がパッと開けたドアが、この場所に繋がっていた。そんな感じだった。  地下にこんな場所を作るのに、どれだけの費用がかかるのだろう。  そして、今は冬で、温室といえるほど暖かくもない(ジャケットを羽織っていてちょうどいいくらいだ)のに、こんなに花が咲いているのも何だか変だ。  空がある…ように見えるが、実はあの時エレベーターで下ったのではなく上がっていて、ここが最上階の空中庭園だったにしても、夜になるほどの時間は経過していないはずで、何が何やらわからない。  VRかなと思う。ゴーグルは、してないけれど。  恐らく自分にはわからない最先端のバーチャル的な何かだと結論づけ、万里はこの空間についてそれ以上考えるのをやめた。  今考えるべきは、如何にして父と二人、ここから生還するか、だ。  庭園の東屋で、『ドウシ様』は手ずから紅茶を淹れてくれる。  格好や口調はアレだが、妙に紳士的な人物だ。  万里が礼を言って受け取ると、自らもカップに口を付ける。  美味しかったらしく、完璧だなと口角を上げた『ドウシ様』は、上機嫌のまま話しかけてきた。 「そういえば聞いていなかったが、貴様の名は?」 「万里…です」  父の名前も伝えてしまったのだから、自分だけ偽名を名乗っても仕方がないだろうと素直に答えた。 「そうか。我が名は九鬼(くき)紅蓮(ぐれん)。暗黒の夜明け団の創始者にして、我が主の声を聞き、民衆に伝える神子であり導師である」  つまり、一番偉い人ということなのだろうか。  いきなりラスボスとエンカウントなんて、不運すぎる。  どう反応していいかわからず、万里は曖昧に微笑んで、カップに口をつけた。 「……………………。あの、導師様というのは、普段は何をしてるんですか?」  あまり関わりたくはない。  けれど、ただ黙っているというのも気まずいので、『SILENT BLUE』でのことを思い出しながら、対話を試みることにする。  当たり障りの無い話題を振っておけば、相手の振ってくる話題よりは話しやすいかもと考えながら。 「普段……?……ふむ、我が主に仕えるに相応しくあるよう、研鑽を積んでいる時間が最も長いな」 「それは、何か修業的なことですか?」 「修行か。無論、そういった要素もある。我が主より与えられし力を、より巧みに行使できるよう修練をする時間も大切だからな」  そうなんですね、と頷いてはみたものの、何を言っているのか全然わからない。  『我が主』は一体どういう存在なのだろうか。  教義について聞いてみたい気もしたが、そしてそれは相手の好感度を上げるかもしれないが、入信を迫られても困るので、文字通り触らぬ神に……というやつだろう。  これは駄目だと違う話題を探していると、九鬼は焼き菓子の乗った皿を万里の方に寄せた。 「ほら、遠慮せずに菓子も食うがいい。甘いものが好きそうな顔をしている」 「……お、俺はそんなに子供に見えますか?一応……成人はしているんですが」  そんなことはわざわざ教えなくてもいいことはわかっている。  子供だからと見逃してくれたのだから、黙っていればいいのだ。  だが、どうしても聞かずにはいられなかった。  万里のどこが、そんなに子供っぽいのか。 「俺が言っているのは、肉体の年齢の話ではなく、魂の話だ」 「……魂」  もしも「大人だというのなら容赦はしない」と言われたらどうしようという心配は杞憂だった。  杞憂だったが、相変わらず言っていることがよくわからない。  戸惑う万里に、気持ち身を乗り出した九鬼が問いかける。 「貴様には、命を懸けて守りたいものはあるか?」  ちろり、と、九鬼の瞳に炎が見えたような気がして、その奥を深く覗いてしまう。  引き込まれてしまいそうだ。 「俺は、守るべきものに己の全てを捧げられる覚悟を持つもの以外は、幼き魂とみなす。貴様からは、それが感じられなかった」  それは、「好きな人のために何かしたい」と言った父の覚悟のことなのかもしれない。  子供のような父親だが、大竹との一件で危険な目に遭った時も、迷うことなく「自分はいいから、息子を助けてほしい」と言っていた。  万里だって、久世のそばにいたいと決めた時、覚悟を決めたと思っていた。  それでは足りなかったというのだろうか。 「どうしたら…、その覚悟は、決まりますか?」 「決めようなどと思い、決められるものでもないだろう。信じろ。愚直に。己が信ずるものを」 「それは……、」 「……導師様、お話中のところを申し訳ありません」  音もなく現れた三角頭巾が、九鬼に耳打ちをする。  九鬼はわかったと頷き、万里に向き直った。 「喜べ。お前の父が見つかったようだ」

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