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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ30

 ちょ っ と、今の聞き間違いじゃないよな!?  俺が……弱点……だと……?  ……………………。  ていうか羽柴さんはエスパーなの!? 「あ、あの、今なんて」  願望による空耳などではないことを確認しようとした時、床に放り出してある鞄の中から通話の着信音が聞こえてくるのに気づいて、万里は反射的にそちらを見てしまった。  今は、午前四時を過ぎたところである。  万里は『SHAKE THE FAKE』が閉店するまで店にいたので家に戻ってくるのが遅かった上、帰ったら帰ったで久世に弄ばれていたため、こんな時間まで起きてしまっているとはいえ、電話をかけるには非常識な時間だ。  無視しようと思っていると、酷使した(させられた)体のことを気遣ってか、久世が代わりにとってきて渡してくれる。  万里を気遣うのなら、会話の続きを促して欲しかったと内心肩を落としつつ、渋々画面を確認した。 「げ……、父さん」  よく考えてみれば、非常識な時間にかけてくる人間の心当たりは父親くらいしかなかったが(それを察して久世も取るように促したのだろう)、案の定春吉だった。  諦めないかなと念じても、着信音は鳴り続けるばかりだ。  『SILENT BLUE』の関係者や、友人達ならばともかく、父からのこんな時間の電話など、碌でもない用件の予感しかしない。  見なかったことにしてそっと置こうとすると、久世が「出なくていいのか?」と確認してきた。 「こんな時間、どうせ酔っ払ってかけてきたんだよ」 「こんな時間だから、何かあったのかもしれないだろ」  真剣な表情でそう言われてみると、先日万里と久世に起こったようなことが、父の身にも起きている可能性はあるのだとはっとする。  急いで通話のボタンを押した。 『あ、万里、ようやく起きた?おはよう』  全然普通だった。  万里は、電話に出たことを心の底から後悔した。 「父さん…こんな時間に何?また酔っ払って財布なくしたからタクシー代とってきてとかそういう話?」 「違うよ。ハム時さんが朝早いから、父さんも最近は早起きなんだ!早起きは三文の徳だよ万里。一緒に早起きしよう!」  万里が生まれる前から朝帰りが日常で、休日は昼まで寝てた人がいきなりなんなのだろうか。  あまりに釈然としなくて激しくツッコミを入れたくなるが、今は体力を使い果たしてヘロヘロだ。無駄なシャウトは控えたい。 「……それで?用件はモーニングコールだけ?」 『ううん。あのね、ハム時さんがやっぱり家族一緒に住みたいっていうから、万里もこっちに来ない?』 「えっいやそれは……」  そんな正気を削られそうな家庭環境、久世のことがなくてもノーである。 「あー、ほら、仏壇とか、あるしほら、母さんも一人じゃ寂しいでしょ…」  母さん、ダシにしてごめん。 『そっか。それもそうだね』  素直に納得してくれたようで、ほっとした。  ……が。 『実はそう言うかなって思って、ハム時さんと鈴鹿家に住む話を進めてるんだ。とりあえず今日戻るから、父さんの部屋、換気しといてくれる?』 「は?ちょ、そ、そんな急に?」 『万里も家族は一緒の方が嬉しいでしょ?』  一緒に住むことも、今ここに戻ってこられることも困るしかないのだが、春吉は万里が喜ぶ以外の反応をするとは露とも思っていない様子だ。  脳がお天気すぎる父のことが殊更に嫌いなわけではないが、今回の久世の怪我だって発端は万里が秘密結社でいかがわしいバッジなんか押し付けられる羽目になったからで、ここのところ父にかけられた迷惑を考えると、つい頭に血が上る。 「あのさ、父さんが家の管理をしてくれるんだったら、俺は別の場所で恋人と一緒に暮らすから」 『えっ万里、いつの間にそんな人が…、誰?父さんの知ってる人?』 「久世さん」  勢いで言うだけ言って、電話を切った。  もう父さんとはやってられない、ということを言いたかったのだが、なんだか…、ただ恋人ができたという報告になっていたような気がしてならない。 「……なんか……勢いで言っちゃったけど……」  相手はどんな風にとっただろうとナーバスになっている万里の横で、久世は楽しそうに笑っている。 「近々菓子折り持ってご挨拶に伺わないとな」 「まさか『アレ』言うの?」 「ああ。『お前の息子は預かった』ってな」 「それは誘拐犯の台詞ですよね!?」  本番はちゃんとするからと笑う久世に、本番とかなくていいからと断りながら、今後の展開を思って憂鬱になる万里であった。  さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ おわり

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