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第一話
お前の周りが一番輝いていて、まるでお前に触れれば何か素敵な物語が始まりだすようなそんな錯覚に陥っている。もちろん、実際に輝いている訳ではない。一度クラスメイトに「アイツの周り、なんか見える?」と聞いたら、「いや、なんも?」と不思議そうに見られてしまった。もう二度と聞かない。バレー部に所属してるアイツは抜きんでて身長は高いし、体格もいい。それだと言うのに、アイツが輝いて見えるのだ。
それでも、制服ごしに感じる熱が。たまたま隣に座って触れた肘が、熱い。たった一言の謝罪を口から発する程ではないその接触。でもそれが、俺に腹を括らせた。
「あの…!好きです…!」
先を越されてしまった台詞。俺が言おうと思っていたのに。
お前は、気付いていないのだろう。どれだけ熱い視線を送っても気付かない鈍感なお前は。
***
朝練が終わって急いで着替える。グレープフルーツの匂いがする制汗剤を適当に塗っていった。Tシャツの上から制服を着て、男子バレー部の部室から急いで教室に向かった。熱の籠った体育館とは違って、四月終わりの校舎は空気が清涼だ。
廊下を走ってチャイムが鳴った瞬間に、教室の扉を開ける。
「ギリギリセーフ!」
顔を勢いよくあげると、そこには呆れ顔の担任の春井(ハルイ)先生。間延びした「八束(ヤツカ)ー、アウトだ」というはるっちゃんの声に教室がドッと湧いた。そんなこと言っていつも見逃してくれるのだから優しい。
ひでぇよー、なんて言いながら自分の席に向かって歩く。この瞬間が一番緊張するんだ。心臓がうるさい。なるべく、普通に見えるように座って隣の席に向かって、小声で「おはよ」と声を掛ける。
バレー部の俺より少し目線の高いクラスメイトは、目を細めて「おはよ」って返してくれる。それに俺は、「今日も好きだよ」とまた小声で言った。
「…?俺も好きだよ?」
あぁその仕草でさえも、お前は似合っている。こんな可愛らしい仕草をして許されるのは、クラスのマドンナ、有栖川(アリスガワ)さんとお前くらいだよ。碓氷(ウスイ)。
「まーたやってんのかー?八束!お前もめげねえなあ!」
後ろの席からまた今日もからかわれ、うっせえ!と返す。またはるっちゃんに怒られた。ケラケラと笑うクラスメイト達は良い奴等ばかりだ。こうして、茶化してくるけれど。
こんなにも分かりやすく、好きだと伝えても小首を傾げて「すき屋?」なんて返しちゃう碓氷は可愛い。そんな聞き間違いをできるのは、お前か某お笑い芸人くらいだよ。
それでも、俺はめげることはない。今日の小声でこっそり伝える作戦はダメだった。明日はどうやって伝えようか。
鈍感な君が嫌い
「君が好き!」「愛してる!」「付き合って!」どんな言葉もダメだった。
どんな言葉を伝えても、俺の愛は碓氷には伝わらない。いつも小首を傾げるか、聞き間違いをするか、今朝のように「…俺も?」と返すのみである。
…明日は、花束でも持ってくか?さすがに伝わるかもしれない。いや、碓氷の事だ、「どうしたの?誰かのお見舞い?」と返すに決まっている。
昼休みは毎度のように反省会で、運動部の同じクラスメイトと弁当を食べながら周りの野郎どもに茶化される。
「八束も諦めねえなあ、もうすぐ一か月じゃん」
「うるせー…」
自分の席で一人弁当を食べる碓氷は可愛い。他の連中に可愛いと言っても「はあ?」という顔をされるが、俺が分かっていればそれでいい。
確かに碓氷はバレー部の俺よりも少し身長が高いし、箸を持つ手は男らしく骨ばっている。艶やかな黒髪はシャンプーのCMにも起用されそうなほど綺麗だけど、全体的に見て女らしい点があるかと言われれば、「NO」だ。それでも、碓氷は男らしくて、可愛い。その綺麗な黒目が俺を優しく映して離さない。
「お前が男を好きになるなんて思わなかったな、春休み中なんて俺の家に着てグラドル雑誌見てたくせに」
「…うるせ」
うるさい、前までは至上最高に抜けるAVも、中学の頃からオカズにしていたエロ本も、どれも全然欲情しない。一番困ったのは、隣で隠すことなく着替え始めた碓氷を見て勃起してしまったことである。これはもう自分でも末期だと思った。
「そういや、この前碓氷、有栖川さんに告られてたよな」
その一言に驚いて、卵焼きを落としてしまった。あーあーなんて騒ぎながら拾ってティッシュに包む。マドンナの有栖川さんに、告られた…だと…?
「『付き合ってください!』っていう有栖川さんの言葉によ、碓氷お得意の『どこに?』だってよ!」
と笑い始めた悪友に、俺は口元を引き攣らせた。
スタイルも良くて、顔も良くて、誰もが彼女にしたくなる有栖川さんを振った…?もう俺に望みなくない…?男だし、図体でかいし、かわいくもない。そんな俺に「好きだ」って言われて迷惑しているんじゃないか…?だから、鈍感なフリをして躱していただけなんじゃないか…?
「本当、碓氷って鈍感過ぎて損っていうかなあ…ま、八束的には良かったじゃん…!お前のダーリン、有栖川さんにとられなくてよ!…って、八束?あ、ダメだこれ、また変な方向に考えてやがる。」
友人がなにか言っている気がするが、それだこれではない。
この一か月、碓氷は俺のこの鬱陶しい告白に耐えていたのか…
え、これ自己嫌悪で死にそう…
ごめん、碓氷…俺もう、諦める…
そうだよな、男からの告白なんて嫌だよな…
頭に冷たい水をかけられた気分だ。今更過ぎるけれど、これ以上碓氷に嫌われないために、俺はもう碓氷から離れるべきなのかもしれない。
「俺、碓氷のこと諦める…」
え!?と一斉に驚いたクラスメイトたちを置いて、力なくその場を立ち教室から廊下にでる。さようなら…俺の初恋…さようなら…碓氷…
教室を出ていく俺を見つめる真っ黒な目には、気が付かなかった。
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