36 / 36

第36話【了】

 やっと終わって脱力し、身体を清めてからベッドに転がってもアサドはシアを抱き寄せ離そうとはしなかった。  賢者タイムのない男。アサド。やばい。性欲の塊。  おとなしくアサドの腕に抱かれながら見上げた空は、ほんのり白み始めている。  本当に朝まで抱かれてしまった事実に愕然とした。 「……そういやさ」  ふとあの夜のことを思い出し、話しかける。アサドはゆるゆるシアの髪を撫でながら「ん?」と返事をした。  空気が甘ったるい。背中が痒い。シアはアサドにべた惚れか知れないが「オレ」は別にそうでもない。  だからとっても居心地が悪い。 「あの夜、カツラかなんか被ってた?」 「ん……?」  問いかけにアサドが小首を捻る。ちょっと眠そうだ。まあそりゃあれだけ励めば眠くもなろう。  ふと目を覚ましたあの夜、こちらを見下ろしていた不審者の影。  実際はシアの寝顔にきゅんときたアサドが乙女ちっくに唇泥棒かます瞬間だったわけだが……あのとき髪の色は青に見えた。それか緑。  アサドの赤とは全然違う。  ぽつりぽつりそのことを話すと、アサドは「ああ」と頷いた。 「俺、本当は髪の毛青いんだ。黒っぽい青……けど、なんか不吉な色とかなんとかでさ。ちいさい頃から定期的に染めてる」  あの夜は、万一シアが気づいた際、相手が「アサド」だと気づかぬよう、地の髪色で行ったのだ、と。  んな馬鹿な。  そう思ったが、所詮はゲームの世界。あれこれつべこべいっても仕方がないと、ふうんと頷き目を閉じた。  アサドの胸枕ととことこ響いてくる鼓動は心地よく、すぐに意識は眠りに落ちた。  そういえば、あんなに色々エロい目には遭わされたけど、結局本当に寝たのはこいつだけだったな……とか、そんなことを考えながら。  ***** 「……ッは!」  びくん、と身体が跳ねた。  眠っているときに階段を踏み外したような感覚になるときがある。あんな感じだ。  驚き目を開け飛び起きて、そこが自室だということにまず驚いた。  自室。教会の二階にある「シア」の部屋じゃない。日本にある「山田保」の部屋だ。  めちゃくちゃ長い夢を見ていたような気がする……が、今はそれに頭を捻っている場合じゃない。  いい知れぬ衝動に突き動かされ、パソコンの電源を入れる。起動している間にクローゼットの中を漁りに漁って見つけ出したゲームソフト一本。  タイトルは「village」。  すっかり存在も忘れていたそれを、どうしてもどうしてもどうしても今やらなければならないような気がした。  約一年ぶりの起動。  主人公の我儘息子ヤンと、それを取り巻く村の面々。  パッキンツンデレライアに美少女巨根のアンジェーニュ。  愛の狩人アルディとピンクの髪のドーピングおねえシャオメイ。  ガチムチガイルと銀髪執事のレフィ。  赤毛の羊飼いアサド。  それから、アサド以外すべてのキャラに犯される「穴」神父、シア。 「犯されたらいけなかったんだ……」  盲点だった。  シアは犯されるもの。その固定観念から、シアの穴を守ろうなんて考えたこともなかった。  第一、こいつはただのモブであり、ヤンの見せ場が来るまでのツナギだ。裸に剥かれ犯され喘ぐ、それが仕事のはずだった。  名もなき村人たちと同じく、主要キャラたちと同じく、俺もそう思っていたからシアが犯されても気にもとめなかった。  ヤンの思考ではなく、シアの思考で選択肢を進める。  犯されるシアではなく犯されないシアを。  ライアのセクハラから逃れ、アンジェーニュのナマコを回避。アルディとの遭遇フラグを折りシャオメイとはそもそも話さない。  普通に生活していれば神父のシアが鍛冶屋のガイルと接触することもない。  ヤンとの会話を避ければ眼鏡執事レフィに誤解されることもない。  あれもこれもそれもどれも選ぶ選択肢はすべてシアのため。  それを何度も繰り返していると……いつの間にかシアとアサドは恋に落ちていた。  犯されるのではなく抱かれるシアのエロスチル。  アサドとの唯一の絡みスチル。  残り二枚のうちの一枚。 「やった……」  モニタを凝視しながら思わず呟いた。どうしても埋まらなかった二枚のうちの一枚が、初めて埋まった。  アサドに抱かれ「恋人」となったシアは、穴という役目から解放された。  主要キャラすべてがふたりを祝福し、主人公のヤンは「主役を取られちまったな」と笑っていた。そうだ。  シアはおそらく裏の主役だったんだろう。  表の主役がヤンで、裏の主役がシア。  ふたりともがハッピーエンドを迎えようやく、すべてのスチルが揃う。 「やったぁ……」  最後のスチルは、幸福そうに唇を寄せ合うシアとアサドのイラストだった。  こんな風に笑うシアなんて初めて見た。  シアはいつも泣く役だ。泣いて犯され啼かされる。喘ぐのがお仕事の淫乱神父。それがこんな風に笑うなんて。  この結末に至るため、おかしな夢を見たんだろうか。  ふとそんな考えが頭に浮かんだが、すぐにバカバカしいと打ち消しもした。 「夢枕に立たれた……的な?」  けれどもぽつりと言葉はもれた。  オレはオカルト的なことはあまり信じない質だが、仮に自分が「シア」なら執念で誰かの夢枕に立ちたくなる気持ちもわかる。  自分が幸福になれる唯一のルートに誰も気づいてくれないなんて淋しすぎるからな。  シアの怨念? 亡霊? 執念? は、誰かにこの結末を迎えて欲しかったのかもしれない。  何度も何度もみたエンディングは、曲こそ同じだが流れてくるイラストが全然違っていた。全部シアだった。  どれもどれも幸福そうに笑っている。アサドと肩を寄せ合い大笑いしている。星を見上げて微笑んでいる。全部笑顔。  これぞハッピーエンド。  エンディングを終え「フルコンプリート」の文字を見ると、身体が震えた。  めちゃくちゃテンションが上って、衝動のままに部屋を飛び出した。  向かうは隣の部屋だ。 「莉緒ちゃんッ、ヴィラージュ完全制覇したよ!」  この歓びを愛しの妹とともに。  こここ、と手早くノックした後そう叫んで部屋に踏み込むと、莉緒ちゃんはベッドに寝っ転がってポテトチップ食いながら漫画を読んでいた。  お兄様の登場に、顔を上げる。  可愛い不思議顔で瞬きをひとつ。 「びら……なにそれ? 私そんなの買ってたっけ?」  結局はゲームを自分で起動することもなかった莉緒ちゃん。無情にもその存在すら忘れてらっしゃった。  ヴィラージュは本来、莉緒ちゃんの持ち物なのに。  そりゃ「シア」も莉緒ちゃんじゃなくオレの夢枕に立つわ……がっくり肩が落ちた。  これは後日知ったことだが、アサドの初期設定の髪色は紺色だったらしい。  【20200119改 了】

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!