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Hungry Spyder②
今日は地下鉄で移動した。
夜の地下街はもう人がまばらで、シャッターが閉まっている店もポツポツある。
イヤホンから流れる槇原敬之のハイトーンボイスがその寂しさを増幅させる。
地下街の3番出口から地上に上がると、すぐ目的の人物に会った。
ヒョロリとした体型で、年齢は三十代後半くらい。丸い目がギョロリとこちらを向く。
「こんばんは、南雲です」
薄い唇を歪めて言った。
すぐホテルに向かったはいいものの
「帰ろっかなあ」
ヤツが風呂場に行っている間、そう呟いた。
なぁんか経験上ヤバイ気がしてきた。
いや、部屋に入った瞬間変だとは思ったんだよ。壁紙が変な色に染まってるし、変な臭い残ってるし。アイツはアイツでホテル代は自分が持つとか言い出すし。
自分から全部金を出すと言ってくるやつは大抵ヤバい。
よし、バックレよう。
ポケットに手を当てて、持ち物を確認しながら入り口に向かう。
鍵、財布、ウォークマン、イヤホン、
あ、携帯忘れた。
机の上の携帯を手に取ると、
「どうしたの」
とヤツが体も拭かず全裸で洗面所から出てきた。
やっぱ今日はハズレだ。
目がイッてる。中でなんかキメてきたな。
逃げろ。
「俺、クスリはやらねえから」
そんなことしたらユウジに殺されるに決まってる。
俺は携帯を握りしめながら、目を逸らさずゆっくり後ずさっていく。
危険な動物から逃げるための鉄則だ。
「こっちは?」
ヤツはカバンから黄色いラベルの瓶を取り出した。ラッシュってクスリだ。
「やらない。帰る」
玄関にダッシュした。
それでも逃げ切るには距離が短すぎて、蜘蛛のような長い手足に捕まった。
羽交い締めにされ、口の中にティッシュが突っ込まれる。舌がひりついて接着剤のような匂いを鼻の奥で捉えた。
その瞬間、かあっと身体中が熱くなって、物凄い速さで血が巡り始める。全身が心臓になったみたいに脈打っている。足に力が入らなくなって、なのに心臓は痛いくらいバクバクしてて、堪らず膝から崩れ落ちた。
それから薬の効果が切れるまでの数分間、俺はヤツの獲物だった。
蜘蛛がどうやって虫を食べるか知ってるか?
身体に毒を入れて、ナカをドロドロにして、牙を突き立て貪るんだ。
ヤツが俺の上で狂ったように腰を振るたび、全身が脈打って頭がガンガンした。
気持ちいいとか良くないとかそんなんじゃなくて、息が出来なくて死にそうになる。
しばらくすると、ふっと頭が急にクリアになって、心臓の鼓動の波がすーっと引いた。
俺はスマホを握りしめて、ヤツの頭を思い切り殴った。それこそ殺す勢いで。
火事場のなんとやらでヤツを振り払い、這々の体で部屋から逃げ出す。
金が無いとか言っている場合じゃなくて、タクシーを使って家に帰った。
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