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Hungry Spyder③
マンションを見上げた途端、ほっとしてぶっ倒れそうになったけど根性で踏みとどまる。
気力を振り絞ってエレベーターに乗り込み、
肩で息をしながら部屋に入ると、まだ起きていたユウジがギョッとした顔で俺を見た。
「どうした?」
「あ?何が」
クスリの副作用で頭がガンガンする。気持ち悪い。
まさに虫の息だが睨みつけてやる。
「いや、帰ってくるの早いじゃん」
「・・・調子悪くなったから帰ってきた」
洗面所に行って、口に残るティッシュのカスを洗い流す。ヤバイ。吐きそう。
「寝る」
「服変えろよ、洗濯するから。なんか黄色いシミついてるぞ」
やっぱラッシュか。だったらほっとけば治るな。
「捨てといて」
「は?」
「絶対カホには触らせんな」
ユウジの顔が、みるみる内に険しくなった。
こっちに近づいてきたと思ったら、一瞬意識が飛んで、床に倒れてた。
ユウジにこんな思いっ切りぶん殴られたのは初めてだ。まだ脳みそが揺れていて、目の前は真っ白。
立ち上がれないでいると、乱暴に胸ぐらを掴まれた。
「このクズが」
今まで聞いたことないくらい低い声だった。
「テメエがゲイやってんのも男とヤッてんのもお前の勝手だけどな、カホや俺を巻き込むなっていつも言ってんだろうが!」
カホや俺を、か。やっぱ俺みたいなクズのことなんか気にもかけてないってか。
「ゲイ、やってるって、なんだよ」
いつも気にしないようにしてきた事が、口について出た。
「バイトじゃねえんだから、やろうと思えばやれて辞めようと思えば辞められるもんじゃねえんだよ」
まだ白い靄が目の前にかかってて、ユウジがどんな顔をしているのかわからない。
また心臓がバクバクしだす。頭ん中が熱い。
「俺だって好きでゲイになったわけじゃねえよ。お前や俺が男で生まれてきたみてえに、カホが女で生まれてきたみてえに、なっちまうもんなんだよ」
言ってしまった。こんな事言っても何もならないから黙ってきたのに。
ゲイじゃなけりゃ、ユウジの事なんかーーー
ようやくユウジの顔がはっきり見えてきた。まだ俺を睨みつけたままだ。
次の言葉を、じっと待つ。
「話を変えんな」
俺の言葉は、まったく届いていなかった。
「セックスの次はクスリか?お前どこまで」
「聞けよ!」
俺が怒鳴ると、ユウジは黙った。
「ちゃんと聞いてくれよ・・・」
胸倉を掴む手が緩んだ。でも、ユウジの顔は硬いままだ。
「お前、出て行け」
ぶわりと背中に鳥肌が立った。
「今までお前が無茶苦茶やるのも目を瞑ってきたけど、もう限界だ」
「カホは、どうすんだよ」
クソ、なんで声が震えてんだ。
「ふざけんな。お前みたいなクズに頼ってたのが間違いだった」
背中がざわざわする。気分が落ち着かなくなって、瞬きが増えた。
自分でもビックリするぐらい動揺している。
「俺が、アプリ辞めるっつったら?」
ユウジがピクリと瞼を動かした。
「辞められんの?」
「・・・アンタが相手してくれるんなら」
ゆらりと立ち上がって電気を落とすと、部屋は二分された。キッチンに立つユウジの側は明るくて。ダイニングに立つ俺の側は暗い。
暗さを味方につけて躙り寄る。
手を伸ばしかけて、やっぱり辞めようかと引っ込める前に、一歩後ずさって引き攣ったユウジの顔見たら、なんかどうでも良くなって乾いた笑いが漏れた。
嘘だよ、とちゃんと付け足した。
「わかったよ・・・」
ぐわん、ぐわんと頭ん中が揺れてる。
胃がムカムカして吐きそうだ。
「また、荷物取りに来る」
俺はマンションを出た。
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