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4『逃げ出した心』
たけのこの煮付け。鰆と鯛の刺身。菜の花の和え物が食卓を飾る。
昔母が作ってくれた食事と同じものが、一人暮らしのために借りた6畳の広さの中に置かれた、丸い小さなテーブルに並んでいた。
「兄貴さぁ、いい加減引っ越しなよ」
「ん〜…」
兄貴と呼ばれると胸が苦しくなる。
いつからか、弟と見れなくなったのだ。
彼はそれを知らない。
「母さん心配してるよ?」
「そうか」
気のない返事をしながら、携帯のゲームをタップする。お前を忘れるために逃げ出した家に今更帰る気は無い。
説得してもおれが納得しないのを知っていて、それでも弟は家にこうやって時折飯を運んで来る。それにしてもこの食事のラインナップは豪華だなと思いながら、箸をとった。
「オレも心配だよ?兄貴」
ドキッとした。今までは母さんが心配してるとしか言ったことがなかったから。
「……そうか、でも楽しくやってる」
「ん、わかった…」
弟はおれが食べ終えた食事を片付けると、狭い部屋を出ようとドアに手をかけた。
「また来るから」
弟のその言葉に、あぁと短く答えるとドアが閉まった。胸が苦しくなり、深呼吸して苦笑いを零す。
この気持ちが漏れ出ないことを祈るしか出来ない無力なおれだから。
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