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午後六時――業務終了のチャイムが鳴り、俺はPCの電源を落とすと散らかった机の上を片付け始める。
周りのデスクでは残業が当たり前になっている人たちが、チャイムが鳴ったことにも気づかずにPCの画面を睨んでいる。
ファイルがうず高く積み上げられたデスクから立ち上がる気配は全くない。
普段は俺もその中の一人にカウントされる。
息苦しい満員電車に揺られて会社と自宅を行き来するだけの社畜だ。
しかし、今日は金曜日。この日だけは少し無理をしてでも業務をこなし定時にあがる。
「お先に失礼します」
ぼそりと呟くと隣りの席の小島(こじま)が何事かというように顔をあげる。
長時間液晶画面を睨んでいたせいか、心なしか目が充血している。
「お、今日もまた週末デートか?」
「――そんなんじゃないです」
俯き加減に眼鏡のブリッジを押し上げて、視線をそらす。
お決まりの冷やかしも、毎週聞かされていれば答える方も嫌にもなってくる。
「相模 、お前さぁ。もっと明るくしたら女にモテるぞ?背筋伸ばして、顔あげてさぁ。素質は悪くないんだから、もっと自信持ったらどうなんだよ。二十三には見えないぜ?」
「――すみません」
「謝ることはないんだけどさー。そのオタクっぽい雰囲気、ヤバいよ。一応営業なんだし」
すっかり集中力をそがれたというように椅子の背凭れに体を預けながら、帰り支度が済んだ俺を足止めする。
小島は同期入社だが、大学のテニスサークルで鍛えられた体と目を引く長身で社内の女子社員との噂が絶えない。顔もそれなりに整っており、爽やかな印象が売りだ。
「今度、合コンセッティングしてやるからお前も来いよ」
「考えておくよ……」
小島に聞こえたのかどうか定かではないか細い声で答えると、俺は営業部のフロアを足早に出た。
暗くなり始めた廊下のガラス窓に自分の姿が映る。
身長はそこそこあるが、無駄なものがないせいで少々華奢に見える体に、生まれつきの栗色の髪と茶色の瞳、やや猫背気味のくたびれたスーツ姿は見るからに自信がない。
髪はきっちりと纏められ、細いフレームの眼鏡がより陰湿な感じを醸し出している。
到底二十三歳の若者の姿には見えない。
蛍光灯が灯る誰もいない廊下でふと足を止め、仄暗いガラスの中の自分を見つめる。
(これが俺……か?)
ふっと唇を歪めて自嘲気味に笑うと、すっと目をそらしエレベーターに乗り込んだ。
俺は相模 碧 。
一流――とまではいかないが、そこそこ大きな総合商社の営業部に配属されて二年目になる。
業績はそれなりにあり、不もなく可もなくの一社員だ。
ただ、俺には誰にも言えない秘密がある。
社内ではオタクっぽいだの、覇気がないだのと言われているまったく冴えない男。
しかし、本当は――。
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