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第2話
結局、お隣さんたちとの顔合わせは延期になった。
その『人生初』な瞬間を友春 兄ちゃんにバッチリ目撃された僕は、自分の部屋から強制連行された。
行き先は、夏生 兄ちゃんの部屋。
すんごい勢いで扉をノックした友春兄ちゃんにビックリした夏生兄ちゃんは、ついでに連れてこられた僕を見て、またビックリしたみたいだった。
「ちょっと兄さん、今度はいったいなに?」
「大問題が発生したんだ、夏生。緊急家族会議だ!」
「大問題……って?」
「兄ちゃんは見てしまったんだ!渚がタバコ吸ってたのを!」
「……え?」
つまり、そーゆーこと。
夏生兄ちゃんは、とりあえず落ち着いて、って友春兄ちゃんを宥めてから、僕の大好きなりんごジュースを出してきてくれた。
コップを受け取ろうとしたら、友春兄ちゃんにそれを阻まれた。
「渚、そこに座りなさい」
「でもジュース……」
「口答えするんじゃない!」
「兄さん」
夏生兄ちゃんが友春兄ちゃんを睨んでから、ほら、って僕にジュースを渡してくれる。
僕はなんとなく淋しい気持ちになりながら、夏生兄ちゃん愛用のふかふかソファに座った。
友春兄ちゃんから目を逸らして俯いたままジュースをこくこく飲んでたら、耳に届いたのはでっかいため息。
「渚、なんで兄ちゃんが怒ってるか分かるか?」
「……タバコ吸ったから」
「そうだな。いったいなんでタバコなんて吸ったんだ?兄ちゃんは悲しいぞ」
悲しいって言ってるくせに友春兄ちゃんの顔は全然そんなんじゃなくて、眉毛も上向いてるし、目も釣りあがってる。
怒ってるんだ。
「渚、答えなさい」
「……理由なんて、ない」
「本当か?理由もなくタバコなんて吸わないだろう?」
ほんとは、理由がないわけじゃない。
ただ吸ってみたかった。
どんな味がするんだろうなって、興味があった。
それもある――けど、ほんとの理由なんて兄ちゃんには言いたくない。
「兄さん、もういいでしょ。渚だって反省してるよ、ね?」
「いいや、ダメだ!」
「兄さんってば……」
頭の上で、友春兄ちゃんと夏生兄ちゃんが言い合う声が聞こえる。
僕はなんだかますます顔が上げられなくなってしまって、ずっと下を見てた。
「渚」
「……」
「本当は何か悩みがあるからじゃないのか?お兄ちゃんに言ってみなさい」
僕は黙って首を振る。
聞こえたのは、二回目のでっかいため息。
「どんな小さなことでもいいんだぞ?兄ちゃんはいつでも渚の味方なんだから」
優しい……優しすぎる友春兄ちゃんの声。
さっきまで怒ってた声とは全然違う。
小さい時からずっと、僕を守ってきてくれた声。
「……っ」
「渚……?」
「兄ちゃっ……ぅっく……」
溜まってたものが、一気に溢れた。
「しょうがないな……ほら、おいで」
僕は迷わず、兄ちゃんの腕に飛び込んだ。
「困ったことがあったら兄ちゃんに言えっていつも言ってるだろう?渚はいつも我慢するんだからな。兄ちゃんはそんなに頼りないか?」
ぎゅって抱きしめられた頭を、横に振る。
そんなことない。
友春兄ちゃんは、世界一の兄ちゃんだ。
「……っく……ごめんなさっ……兄ちゃんっ……」
「もう分かったから」
友春兄ちゃんは、よしよしってしてくれながら、しょうがないな、を繰り返した。
ごめんね、兄ちゃん。
それから。
ありがと。
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