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第1話・堀川
「あー彼女ほしー」
「それな」
「んだよお前、一週間前に彼女できたつってたじゃん」
「あー? 別れたけど?」
「はっや! 今回も早すぎぃ!」
「うっせ」
「なんなの、フラれたん? フったん?」
「いつも通りだよ!」
「フラれたのかよ! ウケる」
「うっせ」
「何お前、前戯なしに突っ込んだりしてんじゃねえよな? まさか」
「うっせ、してねーし。しったかぶんなよ童貞ヤローが」
「悪かったな童貞で。あー、おっぱい揉みてー、谷間に顔埋めてー」
「何その童貞丸出し発言」
「だから彼女ほしーつってんだろが。早く童貞捨ててーんだよこっちは!」
「……そーいえばさ、三組の真山、男とヤったらしいぜ」
「はぁっ!?」
「声でけぇよ、アホ。いま一応自習中だかんな?」
「悪い。え、つうか、どういうこと?」
「だから。男同士でヤっちまったって話」
「だから何をだよ」
「だからナニを、だよ」
「ナニってあれか、チ、チンコを、ケツに……?」
「イエース」
「うっそマジかよ!!!」
「だから声デケェって。アホゴリラ。でさぁ」
「で?」
「めっちゃくちゃ気持ちよかったらしい」
「マ、マジかよ……!?」
「マジマジ。でさ、あいつ。お前女顔だから突っ込ませろって言ってきやがってさ」
「誰に」
「俺に」
「は、はぁ!? え、なんなの!? ホモなの!?」
「だからウルセーつってんだよ、ボケ!」
「え、え、マジ無理! え、マジで? つか、お前と真山って仲良かったっけ?」
「一年の時の同クラ。名前の順が前後だっただけ。別に仲良くねぇし」
「あー。真山、三上、ね。俺らと一緒か。つうか、俺、お前が真山に突っ込まれたら、マジでダチやめるわ」
「……誰があんなヤツに突っ込ませるかよ。死んでもお断りだし。マジでありえねーし」
「だ、だよなぁ。ホモとかマジで無理だよなぁ。ははっ」
と、自習中、そんな会話を後ろの席に座る三上とした。
彼女欲しいと言い出したのが俺。彼女にフラれたと言ったのが三上だ。
ぶっちゃけ俺は彼女は要らない。なぜなら、男が好きだから。しかも、三上に絶賛片想い中。
おっぱいなんて興味ない。谷間なんて要らない。
童貞は、できれば三上に貰ってほしい。そして三上の処女は俺が貰いたい。
真山がバイとは知らなかったが(いや、ただの興味本位で男を抱いただけかもしれない。あいつならやりそうだし)、あんな脳みそないような下半身緩い男に三上が食われたら、とぞっとした。マジ、想像するだけで無理。ていうか、三上が男オッケーなら、速攻で友達やめて、俺と付き合おうぜって頼むし。
まあ、そんな夢みたいな話、あるわけないんだけど。
会話の内容を反芻して、あーあと大きく息を吐いた。
俺が彼女が欲しいって嘆くのは、ノンケに擬態するためでもあり、モテる三上の現在の交際状況をそれとなく探るためでもある。
三上は顔がいい。頭もいい。俺にはアホだのボケだの言うが、女子には優しくて、陰で王子と呼ばれている。だから、女子に告白されることは日常茶飯事。でも、付き合いは長く続かない。
付き合っては別れを、この半年の間で幾度も繰り返していた。
まあ、そんな飽き性らしい三上は、俺にとっても王子だ。
出会いは高校一年。俺は十組、三上は一組でクラスが離れていたから、最初はその存在を知らなかった。入学したての三上は背が低く、まだ今みたいに女子からモテてなくて有名人じゃなかったし。
夏のある日、俺は熱を出した。早退しようとしたが、運悪く昇降口で吐いてしまい、立つこともできずにうずくまっていた。そこに颯爽と現われ、吐しゃ物まみれの俺を助けてくれたのが三上だったのだ。
甲斐甲斐しく介抱してくれた三上に一瞬で恋に落ちた。運命だと思った。
ジャージ姿の三上は女子にしか見えなかった。
だから、小学生の頃から抱いていた、『恋愛対象が人とは違う』という悩みが解決したんだって、俺も『普通』に女子を好きになれるんだって、朦朧とする頭の中で素晴らしい出会いに感謝したのだった。
体調が良くなってお礼をしに行った時点で、男と分かって落胆したけれど。
でも、恋心は消えることがなかった。むしろ、三上のことを知れば知るほど好きになっていった。
二年生で一緒のクラスになり、堀川と三上で席が前後になって一気に仲良くなった。こっちは下心があるから、ガンガン話しかけたし、食いつきそうな話題を振りまくった。
お互い帰宅部だったから、放課後も一緒に遊んだ。ゲーセン、ファーストフード、カラオケ、ゲーム、マンガ。俺の家は学校から近くて、親は共働き、兄貴は社会人で帰りが遅いしで、しょっちゅう家に呼んだ。同じ空間にいるとムラムラしたが、我慢した。で、三上が帰ってから匂いのついたクッションやら、飲みかけのジュースをおかずにしてシコった。もちろんコップは舐め回した。
二年の一学期の間に三上はぐんと身長が伸び、身体つきが男らしくなってイケメンだってことが女子にバレた。そして猛烈にモテだした。
昼休みや放課後に呼び出される三上に、口では「羨ましーなおい」とか言いながら、嫉妬の炎がめらめらと燃えていた。
彼女ができた、と三上の口から聞いたときは叫び出しそうになったが、澄ました顔して「マジか、いいなぁ。俺もほしいなぁ」と模範的な回答をした。
俺は、あくまで三上の『悪友』でなくてはならないから。
会話中の、あの嫌悪の表情。そして、『死んでもお断りだ』と言った時の軽蔑のまなざし。
身体が凍り付いてしまうかと思った。
三上は『普通』に恋愛ができる人間。
俺はそんな三上に軽蔑される側の人間だ。
尻を狙っているのは、決してバレてはいけない。
三上を抱きたいなんて思っているなどと、絶対に知られてはならない。
三上の一番近くにいるために。
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