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第2話・三上
「先生、めっちゃ話長かったわー。腹減ったー」
「おつー」
「あ、三上、もう昼メシ食ってんの!? 待ってろよー寂しいだろー?」
「はいはい」
「え、え、また今日も納豆巻き!?」
「悪いかよ」
「悪くはないけど。つか、納豆巻き二本と卵サンドと豆乳って……合う?」
「美味いよ」
「今日は何味?」
「きな粉餅」
「きな粉餅!? えぇー、餅いる? きな粉でよくない?」
「……甘くて美味いけど。飲む? 新商品なんだと」
「あ、え!? ……じゃあ一口」
「どうよ」
「あっま! つか、卵サンドはまだしも、納豆巻きにコレは合わないだろ」
「うっせ。いいだろ別に」
「ほんと、三上ってハマるとそればっか食うよなぁ。夏はわかめうどんばっか食ってたし」
「……まあな。つうか、お前だって弁当のおかず、毎日唐揚げばっかじゃん」
「唐揚げいいだろ? 一個やるよ。ほれ、あーん」
「ん……うん、まあ美味い」
「だろ! 俺の手作り唐揚げ、一個百円な」
「は……? ハァっ!?」
「え、そんな驚くなよ。冗談だってば。金なんか取らねぇって」
「あ、いや、ゴリラに揚げ物ができるんだって、びっくりした」
「誰が脳筋ゴリラだよ! それは失礼すぎぃ!」
「え、なに、それ冷食じゃねぇの?」
「ああ。週末にまとめて仕込んで冷凍して、毎朝揚げてんだよ」
「マジ?」
「マジ」
「マジかぁ……あ、やべ。納豆こぼれた。これ美味いんだけど、食べにくいんだよなぁ。糸引くし」
「あ……俺、ちょいトイレ」
「ん。いっひぇらー」
納豆巻きを口に咥えたまま、俺は堀川に手をひらひら振った。
動揺し過ぎて納豆がズボンの上に落ちてしまった。鞄の中からティッシュを取り出して拭くが、紺色のズボンに白っぽいあとが残ってしまった。サイアク。だから納豆は嫌いなんだよ。
何に動揺したかって。堀川が俺がわかめうどんにハマってたことを覚えていたこと。それと、ストローで間接キスしたあとの、唐揚げあーん、からの手作り告白に、だ。
彼氏力高すぎじゃないか?
あいつが甘いの嫌いなの知ってて、まあ飲むわけねーだろうなって思ってストロー向けた。ちょっと間はあったが、いらねーなんてすげなく断りはせず、口を付けてくれた。そんな優しいところも好き。
そう。俺は堀川に絶賛片想い中なのだ。
だから嫌いな納豆も食べてる。豆乳だってそうだ。俺もそこまで甘い物好きじゃねーし。
何故かというと、先日の堀川のおっぱい発言に端を発する。
今、俺は育乳中なのだ。男が何言ってんだよと思われるかもしれないが、それほどまでに俺は堀川のことが好きだった。女子には適わないけど、おっぱい育ったらワンチャンないかなって。……まあ、冷静に考えてないんだけど。堀川の奴、ホモとかマジで無理って言ってたし。真山が男とヤった、気持ち良かったらしいって話をすれば、童貞の堀川もその気になるかなって、ちょっと期待したんだけど。
まあ、なるワケねーよな。フツー。
ちなみに、夏にハマってたわかめうどんは、堀川が黒髪女子っていいよなーと言ったからだ。俺は猫っ毛で赤っぽい色をしている。よくパーマして染色してると思われるが、地毛だ。それで、わかめは黒髪を育てるとかって聞いたから以下略。
ああ、虚しくなってきた。そもそも俺は性別が女じゃないんだから、いくら努力しても堀川の恋愛対象になるわけがない。でも、そんな努力をしてしまうのが、恋する者の宿命なのだ。なんてな。
ため息しか出ない。納豆くせー。
いま女子たちは、俺の見た目と作り物の優しさに騙されているけど、そのうち堀川のカッコよさに気づいてしまうんだ。それが悔しくて悔しくて仕方がない。
俺と堀川の出会いは高校の入学式。当時から他の一年男子より頭一つ大きかった堀川は、それは目立つ存在だった。小中と成長が遅くて女顔だった俺は、オカマ野郎はジャマとか、女はあっち行ってろとか、男なのに男グループからハブられ、からかわれていて、『男らしい男』に憧れがあった。堀川は俺の理想そのものだった。
運動部でもないのに引き締まった筋肉質の身体。闊達に笑う姿。大きくて低い声。針金のような黒髪に、濃い体毛も俺好みだった。
なんとなく自分はゲイじゃないかって気づいてたから、堀川を見て確信した。俺は、ああいう雄みを感じる男に抱かれたいのだ、と。
そして、二年で同じクラスになって、堀川は俺に沢山話しかけてくれて、沢山遊びに誘ってくれた。陽気なところ、優しいところ、積極的なところ、豪快なところ。見た目だけじゃなく、中身にも惚れた。どんどん好きになっていった。
望みはないのに。
中身がすげー嫌な奴だったら嫌いになれたのに。
神様は残酷だ。
残りの納豆巻きを口に押し込み、もう一本も大口を開けてバクバクと食べてから、廊下の水道へ向かった。ハンカチを濡らして拭き終わったころ、堀川が戻ってきた。随分と長かった。ウンコだったのかもしれない。
席に戻り、俺はコンビニで買った卵サンドを、堀川は弁当をかき込んだ。
あーもう一個唐揚げくれないかな。そしたら液状になるまで咀嚼して味わうのに。つうか、手作りって最初から教えてほしかった。あーんが嬉しくて舞い上がって、でも悟られちゃダメだって焦って食べたから、味なんてよくわからなかった。
あーもったいない……。
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