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「こんにちは、マスター」 「いらっしゃいませ……あれっ、お客さん確か1年ほど前に」 「あの時は、どうもご迷惑をおかけしました」  凌介は、再び冬の高原を訪れていた。  あの不思議な出来事から、1年。  マスターの淹れたコーヒーは、相変わらず美味しかった。 「じゃあ、そろそろ行くかな」 「お客さん、外は雪ですよ! 今から山へ登ると、また遭難しますよ!」 「実は、それが狙いで」  え? と怪訝な顔のマスターにウインクをすると、凌介は颯爽とカフェを出て行った。 「わざわざ進んで遭難しに行くなんて、妙なお客さんだ」  まぁ、昨年よりはまともな格好をしていたし、雪もさほどひどくはならない予報だ。  大丈夫だろう、とマスターは凌介の背中を見送った。  4駆を走らせ、雪の高原に着いた。  降り立つと、積雪はすでに膝の辺りまで来ている。 「いい感じだぞ」  昨年も、これくらい積もってたっけ。  白い息を吐きながら、撮影を続けた。  時々、背中のカメラバッグを意識する。  1年前に比べて、ずいぶん軽い。  それもそのはず、今回この中には撮影機材など詰まっていないからだ。  中に大切に収めてあるのは、美味しいと評判のチョコレート。  それから、凌介の好きなブレンドのコーヒー豆に、明るい色のセーター。  全部、晶へのプレゼントだ。  激しい情熱と奇妙な確信が、凌介を再びこの地へいざなった。 「晶、俺はここだ。早く逢いに来てくれ」  凌介は両腕を広げ、降りしきる雪を一心に抱き留めた。   「凌介さん」  晶の声が、聞こえる。  二人の行方は、白い雪だけが知っている。

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