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Wanna be ⑥
けれども、アリサが出勤してくると文句を言わずにいられなかった。
「アリサ、」
「この前は、ごめん」
思わぬ先制攻撃を食らった。
アリサは虚ろな目をしていて、ロッカーを開ける音にすら力が無い。
「アンタの事になると、いっつも頭に血が上っちゃってさ」
「あっそ」
嫌われたもんだな。そのくせこっちの顔色を伺っている視線がムカつく。
「祐次くん、だっけ。あの子にも謝っといて」
「無理だな、もう連絡取ってない」
「えっ別れちゃったの」
「別に。試しに付き合おうって言われてただけだし」
あ、そう、とアリサは俯いた。
イライラしてきた。お前が被害者面してんじゃねえよ。
「あのさ、あの子バンドに知り合いでもいるの」
「そんな事言ってたな。どこかは覚えてないけど」
「そっか。ホントごめんね」
俺はエプロンを着けるとさっさとロッカールームから出て行った。ごめん、と聞くたびにイライラが募った。アイツが謝るのは、いつも手遅れになってからだ。
それからまたアプリを再開した。
その場限りの関係はアッサリしてて気が楽だ。やっぱり1人の相手と長く関わるもんじゃない。
浮気しちゃダメですからね、なんて言葉が過ったのも最初の1人だけ。
後はもう抱いたり抱かれたりしているうちに、ヤツのことなんて気にしなくなっていった。
でも、そんな頃に、祐次のアカウントからラインが届いたのだ。
祐次と会ったのは、駅前の安っぽい飲み屋だった。
祐次は仕事帰りみたいでスーツを着ている。
店は満席で客が賑わう中、奥まったテーブル席で、静かに膝を突き合わせる。飲み物と適当につまみを頼むと、祐次は口を開いた。
「えっと、すいません。色々勝手なことして」
祐次は肩を縮こませる。
「別に」
塩とガーリックを絡めた枝豆をつまむ。塩辛くて烏龍茶じゃやっぱ物足りない。
「僕、元カノの気持ちがよく分かりましたよ。試しに付き合おうなんて言っちゃダメですね。
後、言い過ぎちゃって・・・」
祐次は俺の顔をちらりと見る。
「気にすんな」
少しホッと息を吐いた後、すいません、と小さく呟いた。
「そういえば、ユウジさんて彼氏さんじゃなかったんですね」
ん?俺言ったっけ。
「アリサさん、でしたっけ、教えてくれて。でも詳しいことは聞いてないんですけど」
「は?アリサが?なんで」
「バンドの人づてに僕の事聞いて探してたみたいで。ビックリしました、怖そうな人だったから」
お前はビビリなだけだバーカ。
でも俺もビックリした。なんでアリサがそこまでやるんだ?
「で、ユウジさんて、かっこいいんですか」
オイ、なんだその質問は。思わず少し仰け反った。
浮ついた質問の割に祐次の顔付きは真剣だ。
「だって、義理のお兄さんと住んでるの珍しいじゃないですか」
俺はユウジとカホの事を一から全部話さなきゃいけなくなった。祐次は話を聞いている間、(酒が入ったせいもあると思うけど)ぽかんとしたり、顔をしかめたり、涙を浮かべたりして百面相を披露してきた。
話が終わると、祐次はしみじみと
「ハジメさん、えらいですね・・・」
と呟いた。
「普通そこまでしませんよ、その、ユウジさん、と、カホちゃんの事、大事にしてるんですね」
「そうか?惰性でズルズル一緒にいるだけだよ」
「ハジメさん、やっぱりユウジさんの事好きなんですか?」
「んー・・・まあ・・・」
「歯切れ悪すぎでしょ」
「ユウジとは、セックスしたいとかそういうのじゃねえからなあ」
うーん、と天井を仰いだ。
確かに、イケメンだし、笑顔は癒されるしもっと見たいし、メシは美味いし、ギターと演奏するのは楽しいし、ちょっとしたことを褒められたりするのはめちゃくちゃ嬉しいし、多分そうなんだろうなとは思う。
でも、セックスしたいと思ったことはない。
セックスだけ出来ればいいっていうのとは、ちょっと違う。だから、出会ったときからずーっと、ちょっと好きなヤツってくらい。
いつからだろ。多分、初めてアイツの演奏と歌聴いた時から。中学ん時から、7年間、ずっと。
あれ、マジで?そんなに経ってたっけ。
「じゃあ、僕にもまだチャンスがあるってことでいいんですよね」
ボーっと烏龍茶を持つ手を眺めてた俺は祐次の言葉に我に返った。祐次の顔を見ると、ヤツはふにゃりと笑った。
「やっぱり、僕ハジメさんのこと好きだなあ」
頭を抱えた。お前は馬鹿か。俺みたいなヤツのどこがいいんだ。
「勝手な事言ってるってわかってますけど」
祐次は肩をすくめる。
「まずは、友達になってくれませんか」
「いいよ」
断る理由もないしな。
花火が上がったみたいに、ぱっと祐次の顔が輝く。
「やった。嬉しいな、僕、ゲイの友達っていなくて」
俺もだ。大抵ヤってハイお終いだ。
つまみがなくなる頃
「この後ホテル行く?」
と聞いてみた。祐次は目をパチクリさせて、「あなたって人は・・・」とうな垂れた。
「ダメですよ、友達同士でセックスなんてしません」
キリッと表情を引き締めて、祐次はハイボールを飲む。
「なんだそりゃ。それじゃテメエなんざ今すぐ絶交だ絶交」
祐次は表情を崩し声を上げて笑った。
まあこういうのもたまにはいいかもな。
酒は飲んじゃいなかったがなんだかいい気分で、俺も口元が綻んでいた。
WALKMAN 2nd end
to be WALKMAN ハロウィン番外編
Xmas特別編
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