1 / 4
兄弟【春人·宗平·裕大】1
もう2年も前の話。
じわりと、空気が纏わりつく嫌な蒸し暑い日だった。
体を開かれた訳でもない。
唇を奪われた訳でもない。
『春兄、好きだ。』
ただ、好意を伝えられた。
あの日から、時間が進まない。
--------------
『春人。明日裕大がオープンキャンパス行くからアンタのとこ泊めてやってね。』
「え。」
2つ年下。
高校3年生。
それが春人の弟。の1人。
「へぇ…。意外に片付いてんじゃん。」
前日に連絡をするくらいの杜撰さでやってきた弟は図々しい態度でそんなことを言う。
ワンルームの小さな部屋は手荷物が少ないとしても人数が1人増えるだけで狭く感じて、春人はベッドの上に避難するようにして座るとクーラーの電源を入れる。
裕大は大柄という訳では無いが、春人より15センチ以上身長が高い。その違いがより強い圧迫感を春人に与えていた。
「大学、どこ見てきたんだ?」
「K大。学生寮も敷地内で新しかったし、結構…」
貰ってきたパンフレットを手持ちのカバンに詰め直しながら答えていた裕大は、何かに気付いたように動きを止めて言葉を切った。
それに疑問を持った春人が顔を向け確認すると、裕大の視線の先には、昨日もう1人の弟が忘れていった帽子があった。
「あの人、結構頻繁にここ来てんの?」
「……兄弟なんだから、『あの人』なんて言うなよ。」
裕大は、春人たちのことを決して兄とは呼ばない。いつも『アンタ』や『あの人』と抽象的な呼び方ばかりを選ぶ。
長男に春人。次男に宗平。三男に裕大を迎えた、男ばかりの3兄弟。
昔は3人で取っ組み合いのケンカをしたり、思いきり走り回って遊んでいた。
だが今では3人を囲む空気はどこか冷えていて、だがぬるりとした生温さを帯びている。
「なぁ…。」
指摘された帽子から、その持ち主のことを思い出して、どこか気まずさを感じていた春人の視線を、裕大が声を掛けることで自分の方へと引き戻す。
だが視線の合った裕大が、酷く冷めた瞳を向けていたものだから、春人はそれに対し小さく瞠目してしまう。
「いつまで生殺しにするつもりだよ?」
主語も無く、ただ一言裕大の口からそんな言葉が放たれた。
春人はそれに対し、グッ、と、何かが喉に詰まる感覚を感じた。
飲み込んだものなど、何も無いというのに。
「…何の話……。」
とぼけたフリをしようとするのに言葉はどこか険のあるものとなってしまう。
裕大は春人の問いかけには答えること無く「父さんと母さんが勘の悪い人で良かったな。」と言いながら笑う。
時折、余裕を伺わせる笑みを湛えるこの弟が、春人は昔から少し苦手だった。
言葉を何も返せない春人の向かいにギシリと膝をついてベッドに乗り上げてきた裕大。
春人は無意識に少し距離を取ろうとするが、壁に沿わせて置かれていたベッドに腰掛けていた背はすぐに壁に当たってしまった。
そんな春人を笑って見下ろすと裕大は頬に手を添える。
「協力、してやろっか?」
意図を汲み取れず見上げる春人に対し、裕大はまた笑みを返し、春人の立てられた膝の間へと手を伸ばした。
「っおい…!何してっ…。」
慌てて膝を閉じようとした春人だが、それより早く中心を撫でられ、その刺激に背筋がビクリと震え、抵抗のための動きは振り出しに戻されてしまう。
春人は顔を上げ、裕大を睨みつけようとした。だが裕大はそれに合わせて春人の唇を自身のそれで塞いだ。
唇を離してから、目を見開き固まった春人を確認すると裕大は吹き出すように笑いを零す。
「ッ裕大!ふざけんのも大概にしろよ!俺が男で、兄だって分かってんのか…っ!」
精一杯の常識、倫理観を持って弟を諌めようと、覆い被さるくらいに近付いた裕大の肩を押して春人は裕大から身を離そうとする。
しかしそうする度にズルズルとシーツを巻き込んで壁から滑り落ちていく体は、段々とベッドに寝そべっていき、遂に春人は裕大に押し倒されたような形になってしまった。
「分かってるよ。だからアンタも『兄』として頑張らないとダメだろ?」
また裕大は春人に理解が出来ないようなことを言う。
春人は顔に疑問符ばかりを浮かべてしまうのだけど、その顔をしっかりと確認でもするかのように裕大は春人の前髪を梳いた。
「昔から母さんも言ってたろ?『お兄ちゃんなんだから弟たちの面倒見てあげてね。』って。」
呆然とする兄を見つめる瞳。
目を細め、唇で弧を描く。
「弟が道踏み外さないようにさ。お兄ちゃーん?」
ともだちにシェアしよう!