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兄弟【春人·宗平·裕大】2

肺が潰れるかと思った。 潰れても構わないとも思った。 それでも良いから、早く。早く。 違う大学に通う兄が1人で住むアパートは、宗平の住む学生寮から電車で片道2時間弱。 そこから更に徒歩10分の距離を、宗平は懸命に走った。 突然に送られてきた弟からの写真が真実であるのかを確認したくて、いや、確認など出来なくても寮の部屋にただ留まっているなど出来なくて、宗平は転げるように部屋を飛び出した。 「おっそ。でもそんだけ時間掛けて毎週末通ってたとかほんと笑えんな。」 ようやく辿り着いたその部屋は、暑さのためか、換気のためか、窓が開けられていた。 だがそこに残る雄の匂いと、ベッドに横たわるその人の姿に、宗平は視界が赤く染められていくような錯覚を覚える。 「お前…!何したか分かってんのかっ!」 上半身は裸で…、下にしか衣服を纏っていない弟の肩を、痕が付きそうなくらい強く握る。 目の前で笑うその顔を殴りとばしてやりたいと思うが、腕はカタカタと小さく震えている。 抑えきれないはずなのに、憤る感情は彷徨うように体の内側を焼くだけで、こんな時にも兄弟の情が残る自分を、宗平は酷く不自由に感じた。 「そっちこそ分かってんの?自分の方がずっと邪魔者だったってこと。」 「…何?」 宗平は深く眉間に皺を寄せる。裕大のその言葉には、全く身に覚えが無かったから。 「…宗平。」 だが正面にいる弟ではなく、ベッドの方から声をかけられて、宗平は反射のようにパッと手を離すと、ベッドからゆっくりと起き上がった声の主…春人の肩を抱くように体を寄せた。 だが春人は宗平の体から身を離すと遠慮勝ちにチラリと宗平を1度見る。 「写真…、見た?」 問われた宗平はすぐに苦しそうな顔をすると、その顔を上下にゆっくりと動かした。 写真というのは、裸の春人の上半身と、折り曲げられた脚の一部が映りこんだもののこと。 繋がったその部分こそフレームに収められてはいなかったが、泣きそうなくらい紅潮した春人の顔と、腹部にかかった少しばかり光を反射するそれが、何をしている時に撮られたものなのかは想像に難くなかった。 頷いた宗平を確認した春人はギシリとベッドを軋ませてシーツを纏い立ち上がると裕大の横に並んだ。 「……春兄?」 不審がる宗平と目を合わせずに春人が口を開く。 「俺、裕大が好きなんだ。」 「………え…?」 告げられたその告白に目を見開く宗平を、裕大だけが面白そうに見ていた。 春人は、目を伏せて床を見つめたまま。まるで、宗平の姿を確認したくないとでも言うかのように。 「宗平のこと傷付けたくなくて、ずっと中途半端にしてきちまったけど…そういうことだから…。もう、俺のことは諦めてほしい。」 好きな人がいる。だから付き合えない。 告白を断る常套句だ。 それなのに宗平はその言葉を受け入れられない。 「…嘘…だよな?」 宗平の口からやっとのことで絞り出した声は、疑問符こそ付いてはいるが懇願のような響きが強い。 「嘘吐く為だけに弟に抱かれると思ってんのか?いつまでもしがみつくなよ。みっとも無ぇ。」 裕大はそう笑みを浮かべたまま言うと、春人の肩を抱き寄せ、宗平の目の前で春人にキスをする。 それに春人が目を見開き抵抗しようとするが、裕大により1度強く肩を握られると春人は一瞬眉をひそめてから裕大の行動に合わせるように目を瞑った。 だが、そんな春人のほんの少しの機微に気付かないくらい、宗平は放心したまま。 暫くの間重ねられた唇を離した裕大は宗平の方に顔を向けると、ニコリと笑い宗平の腕を掴んだ。 「まぁ、そういうことだから。早く立ち直って次行けよ。弟として応援してるから。」 最後にそんな言葉を掛けると裕大は宗平を外に放り出して玄関の扉を閉めた。 「裕大!そんな言葉…。」 閉じられた扉の向こうに消えた宗平の姿があまりに哀れで、春人は思わず扉を開けてしまいそうになるがその腕を裕大が掴む。 「おい。底抜けのバカ。ここで出てっちまったら、やったこと全部無駄になんだろうが。」 「……。」 裕大の言葉は正しい。 春人は、写真を撮るためにわざわざ全裸で脚を広げた。2人分の精液を集めてそれを体にかけるという恥辱まで味わった。死ぬほど恥ずかしくて涙が出そうだったが、耐えた。 断っても断っても、諦めきれないと毎週末この部屋を訪れていた弟の想いを断ち切るために。 宗平は春人に想いこそ伝えていたが、キスも何もしてこない男だった。『誠実』という言葉がよく似合う、綺麗で潔癖な彼は、強引に春人に迫ることはせずに、ただ静かに穏やかに想いを伝えてきた。 そんな宗平を、春人はいつも『兄弟で、男同士だから。』と言って断っていた。 だがそれは『宗平』という人間が選ばれなかったのではなく、『兄弟で、男である宗平』が選ばれなかったのだという逃げ道を宗平に与えていたのでないかと、春人は今では思う。 閉じられた扉が、開けられること無く閉じたままであることが、宗平の悲しみと諦めを語っているようで、春人はより、今までの自分の曖昧さを後悔する。 「なぁ、もっかい写真撮んね?」 しかし後悔を募らせる春人に裕大があっけらかんと楽し気に声を掛ける。 「…嫌に決まってんだろ。なんでだよ。」 「アンタの泣きそうな面、案外そそるなって。」 そう言って裕大は宗平に送った写真を映したスマホの画面を春人に向ける。 「冗談言うな!消せ!」 怒りながらスマホを取り上げようとする春人の届かない位置まで腕を上げると、裕大はスマホに伸びる春人の腕を反対の手で掴み、春人の顔の正面に自身の顔を近付けてニコリと微笑んだ。 「それかこのままほんとにヤろっか?」 「するかアホ!!お前、何かしたら荷物と一緒に放り出すからな!」 春人はバッと腕を振り下ろして裕大の手を払うと怒りながら精液がかかったままの体を清めるべく風呂場に向かう。 「そんなこと出来ねーから付け込まれんだろーが。」 その後ろで裕大はそう呟き、呆れたように笑っていたのだが、春人の耳にその言葉が届くことはなかった。

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