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幼なじみ 【春人+瑛二】

「俺はこんな田舎嫌だ!」 また言ってる…。 田んぼの間を通る、ガードレールも無いひび割れた舗装の上。 畑仕事の手伝いの帰り道、俺の運転する車の助手席に座る春人は大きな声で宣言する。 「俺は東京に行くんだ!」 「東京で(べこ)飼うの?」 「?赤べこは東京土産じゃないぞ、瑛二?」 そうか。春人にはこのネタは通じないのか。 大学2年の俺の2個下の春人は、今年高校3年生。 今年は、進路を決める受験の年だ。 最寄りの駅までは車で50分。 そこの駅にもラッシュ時で30分に1本。昼間は1時間に1本の電車しか来ない。バスは利用しようと思ったことが無いからよく分からない。 テレビもある。 ラジオもある。 ()()()は…確かにそれほど走ってない。 春人より下の年齢の者は全て合わせても両手の指が余る程しか居ない。 俺より上の年齢と言うと40代半ばの夫婦まで飛ぶ。 典型的な過疎化が進む集落。 それが俺と春人の育った村。 「東京行くってずっと言ってるけど、東京行って何するの?行くだけならこないだうちの母さんもしてたよ。」 「…瑛二、相変わらず冷てぇの。」 だって本当のことじゃないか。 けど春人は不貞腐れたように唇を尖らせる。 「春人のこと心配して言ってるんじゃない。」 「あー、もうまじオカンだな!瑛二はー!」 『オカン』。 それが俺のあだ名。 住人が少なく、そして住人全員が家族のような様相を呈しているこの村。 俺が物心つく前に父と別れてこの村に戻ってきた母は畑仕事で忙しく、小学校に入るより前から自分の面倒は自分で見るのが俺の中では基本だった。そして幼い俺が歩いて行ける範囲に住む子供たちは春人を含め全員が俺より年下。周りの面倒を見ない方が難しかったろう。 そのため俺には人に対しお節介になってしまうという悲しい習慣が中学に上がる頃には染み付いていた。 「…でも瑛二は母さんみたいに『行くな』とは言わないんだよな…。」 「東京でしか出来ないことが沢山あるのは知ってるからね。でも春人も一人っ子だし、ここだって車使えば通える範囲に大学もあるし、行ってほしくないおばさんの気持ちも解るけど。」 田舎の山道には必須のマニュアル車のギアをガコッと音を立てながら変え答えると春人は暫く黙ってしまって、ヴィィと重く唸りだした車のエンジン音だけが響く。 「…俺だって、解ってるよ。」 そう短く零した春人。 「……瑛二は、こんな田舎で終わりたくないとか、思ったことねぇの?」 「…。」 俺は先程言った『車を使えば通える範囲』にある大学に通っている。そしてそこで『大卒』という一応の学歴を取得した後に、やはり車を使って近くの会社へ勤務しながら兼業農家として家の田んぼを継ぐ予定だ。 俺は、全てをこの村で終える意志を固めている。 「…こんな田舎で終わるのも、悪くないと思うからね。」 そう言いながら家への帰り道から逸れて少し上り坂の細い山道を進む。 「瑛二?どこ行くんだ?」 ガタガタと左右に揺れる車体に困惑しながら手近な場所に手をついて体を支える春人が尋ねて来るが「もうすぐ着くよ。」とだけ答えて車を進めながら先程の続きを語る。 「人は少なくて、娯楽施設は無くて、下らない噂話が好きで、母さんのことも出戻りは恥ずかしいだの旦那に捨てられただのなんだのかんだの好き勝手言って…、ほんとこの村の奴ら全員殺してやろうかって思うこともあるクソみたいな監獄だけど…。」 「え、ごめん。俺もそこまでは思ってな…。」 「でもさ、こんなクソみたいな場所でも俺や春人にとってはここはふるさとなんだよ。」 途中で言葉を挟んできた春人を無視して言い切った俺を、春人がぱちくりと目をしばたたかせて見ている。 そこでちょうど車を停めて外へ降りると、春人も同じようにして車を降りた。 「ここ、昔この近くにあった家が無くなって畑だけが残されてるから星空がよく見えるんだ。」 春人を促し並び立ったのはほぼこの辺りの山の頂上であるもののただの広い田園風景が広がる舗装すらされていない道の上。 まだ夕日のオレンジ色が西側に残っていて、頭上には青と赤の空が広がる。 「こうやって灯りの無い場所でキレイな星空を見れるのが、田舎の良いとこかな。」 俺はチラホラと輝き出した星たちを見てそう言うが、春人は「そんなんじゃ引き止めらんねーからな。」と言いながらまだ不貞腐れたような顔をしている。 「別に引き止めたい訳じゃないよ。けど空を見上げる度に懐かしさに浸れる思い出が有ったって良いでしょ?」 ただ、空を見つめたまま呟く。 隣で夢を抱きながらも迷う彼に届くように。 「やりたいことがあるなら、行くと良いよ。春人が成功しても、失敗しても、何年経っても、何十年経っても……帰ってきた時は俺がいつでも『おかえり』って言って迎えるからさ。」 口角を上げて、慣れない笑みを浮かべた俺を意外そうに見つめる瞳。 「だから行っておいで。帰ってくる場所は、俺が守っておくから。」 東京に行った春人が、この村を、この空を思い出して頑張ってくれるというのが美しい形だけど、そんなこと無くたって、記憶のすみっこで埃を被ってしまったって、逆に年に何回も帰って来たって、それでもいつでも同じように迎えてあげたい。 ここが、この土地が俺たちの育った場所なんだって、懐かしむ機会は誰にでも有ったって良いと思うから。そうやって戻って来る人たちのために、ここをただの土と廃墟だけの場所に変えてしまわないように、守っていく。 そんな監獄の為の人生も、案外悪くないんじゃないかって、思う。 「……瑛二。俺、東京に行ってビッグになりたいんだ…。」 「……ビッグ?」 「ビッグ。」 「B(ビー)I(アイ)G(ジー)?」 「……。」 「春人。目標が明確じゃない人間は失敗するか時間のロスが大きいかどっちかだよ。」 懸命に作っていた笑みが呆れから消え失せてしまった俺を春人が悔しそうに見ている。 いつも物言いがストレートだと言われるけど、これを言われてキツいのだとしたら、それは春人に問題があると思う。 まぁ俺のこの言葉が、将来についてより真剣に考える機会を与えてやれるのならなんでも良いが。 「この村に残る?」 「いや、出てく。道は決まってないけど、新しい世界に触れてみたいって気はずっとしてんだ。」 「そう。」 「けど…戻ってくる時は『順調にやってるよ』って良い報告兼ねて戻ってきたい…。」 「うん。楽しみにしてる。」 再び目線を上げて見た空には先程よりも輝きを増した星たち。 兎を追ったことも無い。 小鮒を釣ったことも無い。 けどここは、俺と春人のふるさと。 忘れがたいけど薄れないように、いつでも、戻ってきたら良い。 戻る場所は、俺が用意しておくよ。 end

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