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第1話
ピンポーン、とインターホンが鳴ったのは、そろそろ日も暮れるって時間だった。
昨日は帰ってくるのが遅かったせいで昼過ぎに起きてからジムに行く気にもならず、だらだらと過ごしていた。さっき食料調達にコンビニに行ったぐらいで、やることがなさすぎて、だったらだいぶ早いけど店にでも出るかと決めた矢先のこと。
人が訪ねてくる予定はなかったし、荷物が届く予定もなかったけれど、とりあえずモニターを覗いて、それとほぼ同時に通話ボタンを押していた。
「あいよ」
いつもなら不機嫌な低音で返すところ、弾んだ声の理由は簡単。モニターに映っていたのが好みの顔だったからだ。
わかりやすい好青年な見た目。男にしては綺麗だけど、決して女っぽくはない整った顔立ちはいかにもモテるノンケっぽくていい。こういう顔を男の気持ち良さでぐしゃぐしゃにするのがたまんないんだよなぁと下心満載で、けれどそれが声に出ないように話しかける。
「どなた?」
『セールスでーす』
「……は?」
すると向こうから返ってきたのは予想外の答え。
新聞や宗教の勧誘を遠回しにしてくるのだとばかり思っていたけれど、まさかそのまま真正面から向かってこられるとは思わなかった。なんというドストレート。
「セールス?」
『セールスです。売り込みに来ました』
明るくはきはきと答えられて、普段なら間に合ってますと切るところだけど少し興味を持ってしまった。面倒くささと好みの顔を天秤にかけ、すぐさま欲望が上乗せされて傾いたから通話を切って玄関に向かう。
「どうぞ」
「え、いいんですか? じゃあお邪魔します」
迎え入れられるとは本人も思っていなかったのか、ドアを開けたことに目を丸められ、悪人じゃなさそうだと判断してとりあえず中に入れた。
どうせまだ時間はあるし、いざとなったら力ずくで追い返せるような体格だから、暇つぶしくらいには使えそうだ。
なに系のセールスだろうか。ある程度の値段で一回限りだったら買ってやってもいいし、この感じだとそれと引き換えに抱けそうな気がする。それともうまく丸め込んでそのままベッドに連れて行こうか。
「で、なにを売ってんの?」
部屋に通してからとりあえず腰を下ろし、改めて向かいに座ったそいつに問いかける。
正座をする姿がいかにも好青年といった感じで、画面越しよりも本物の方がよりタイプの顔をしている。それなりに体も絞られているし、ぜひとも脱がしてみたい体型だ。……いや、けれど少し若いな。高校生ではないと思うけど大学生ってところだろうか。微妙に手が出しづらいラインだ。
基本的に俺はお互いわかっている者同士、後腐れなしの関係を持ちたいタイプなわけでして。よく誤解されるけれど、ゲイだからといって男なら誰彼構わず襲うような乱暴者じゃない。ただ、遊ぶなら好みのタイプと割り切った関係で、という普通の望みを持つだけだ。
「ツボか? ブレスレットか? それとも絵か?」
「春です」
「……は?」
さて商品は、とよくある類のものを並べ立てるけれど、答えはやっぱり予想外だった。
「春を売ってます」
整った顔で可愛らしく微笑んで、彼は聞き間違えができないようにもう一度はっきり繰り返した。
「春って……春?」
春を売るって、いわゆるそういうことか?
おいおいおい、まさかの売春の売り込み? むしろ押しかけ売春?
その流れに持っていこうとは思っていたけれど、まさか本人から直接持ち込まれるとは思わなかった。
いや、綺麗な顔してるし剥いてみたい体もしているけれど、こういう形で売り込みされるのはさすがに予想外だ。
「いやーお兄さんはそういうの良くないと思うなぁ。そういうのはあくまでお互いの合意の上でするものであって、そこにお金絡ませちゃうとごたごたするっていうか……一応聞くけど、ちなみにいくら?」
さてこれはどうしたものかと悩みながらもとりあえず財布を手にしてみる。手持ちが少なめだけど、こういう場合カードってわけにもいかないだろうし。
いや別に金で男を買うほど飢えちゃいないけど、だからといってそれを理由に帰すには惜しい体をしている。味わえるものなら味わいたい。
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