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第2話
「ええっと、千円です」
「え、安くないか?」
諭吉さんを摘んでいた手が思わず滑る。なんだ、さっきから予想外だらけだ。
今決めた、みたいなテンションでその価格はさすがにありえない。たとえば有名シェフの作った豪華なホールケーキが10円と言われたら、喜んで食べるより先に不安になるだろう。誰かがなにか間違っているんじゃないだろうかと。
「お前、大丈夫か? 自分の安売りは自分が損するだけだからな? ちゃんと己の価値をわかった方がいいぞ?」
「……お兄さん、優しい人ですね」
金が必要になって体を売らなくちゃいけなくなったけれど相場がわからないとか、そもそもいじめでやらされているとか。そういう心配がむくむく湧いてきて、両肩を掴んで揺さぶって諭す。
悪いけど、それじゃあその金額でと意気揚々とベッドに連れていけるほどモラルは崩壊していない。ゲイというと男なら誰でもいいように思われがちだけれど、もちろん好みはある。そして好みだからこそ心配もする。
「お前いくつだ。名前は?」
「美空 晴 、18歳です」
「18か……ならまだセーフか」
一応ギリギリ手を出しても大丈夫なことを確認しつつ、身なりを確認する。
こざっぱりとしたシンプルなシャツスタイルはよく似合っていて、にこにこ笑顔を浮かべている辺り今すぐ金が必要な切羽詰まった感じはない。というか、なんとなく迷子の大型犬を拾ってしまった気分になっている。
おかしいな。ある程度で話を切り上げて、なし崩しでいい思いをしようと思ったのに。予想外の連続で、結果的に同じ場所に行きついたはずなのに全然気分が盛り上がらない。
抱けるなら細かいことは気にしないでいいかと思えるような雑な性格だったら楽だったと我ながら思う。
「お兄さんは?」
「あー……星哉 だ。影守 星哉」
別にこっちまでバカ正直に名乗る必要はなかったかもしれないけれど、「かっこいい名前ですね!」とキラキラの笑顔で言われてしまえばそれが正解だったように思える。
周りにはホストの源氏名みたいな名前だと笑われるけれど、ゲイバーの店員じゃそれほど違いはないだろう。
そんなことより今はこいつの話だ。
「その値段、自分で決めたのか?」
「あー、本当言うと僕的にはお金いらないっていうか、役に立てれば満足なんですけど。後ろのお姉さんがちゃんと金取れってうるさくて」
「バックに誰かついてんのか……」
やっぱりかという感想しか出てこない。
ということは俺とわかっていて来たのだろうか? それとも手当たり次第に行ってこいと脅された? 借金のカタに売られでもしたのだろうか。思ったよりも面倒なことに首を突っ込んだのかもしれない。ただ俺で良かったとも思いたい。じゃなかったら今頃好き勝手貪られて大変な目に遭っていただろうから。
俺も18で家を飛び出して色々大変な思いをしたけれど、しなくていい苦労ならするもんじゃない。
「だったらより一層もっと高く売るべきだろ。自分で自分の価値を下げるもんじゃない」
「星哉さん、本当に優しい人ですね」
とりあえず買うからもう少し金を取ってくれと、自分でも割と錯乱気味の説得をすれば、晴は目をぱちくりさせてから胸に手を当てて優しく微笑んだ。
「やっぱりタダでいいです」
そして全然わかっていないセリフを吐く。やばいな、お客でもよく見るぞこのタイプ。こういうのが積み重なって、人にいいように使われまくった挙句、あっという間にでかい借金抱える奴。
「いや、だからあのな」
「面倒だからちゃっちゃと始めちゃいますね」
絶妙に人の放っておけない部分をくすぐってくる晴に、お節介ながら一度ちゃんと言い聞かせてやろうと思うも、一歩遅かった。
さっきよりも姿勢を正すように背筋を伸ばして座り直した晴は、俺から少しだけ視線を外して、それから何度か軽く頷いてから口を開いて。
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