150 / 188

第151話

「逃げようなんて……思ってない」 「じゃあ、どうしてあんなこと、言ったの?」 「それは……ぅっ!」  肩口に軽く犬歯を立てられ、痛みと驚きに体が跳ねた。 「気付いてない? 暁はさぁ、俺が(さわ)ると怯えるんだ。最初の内は受け入れてたのに、そのうち、キスしても震えるようになった」 「そんな……ことは……」  無いはずだ……と、言い返したいが呂律がうまく回らない。 「ほら、じかに触ると苦しくなるだろ? 工藤に言われたから、一度は普通の生活に戻したけど……叶多が触っても平気なのに、どうして俺だけ拒絶するの?」 「……とうちょ……しないって」 「盗聴はしてない。だけど、見ないとは言ってない」  言っている事が滅茶苦茶だ。  暁はそう思うけれども、反論すら出来ないくらいに唯人の顔が近かった。  確かに……事件の後、仕置きと称して唯人に折檻されて以降、キスは何回かしてくれたけれど、それもそのうちにパタリと無くなり、()れても貰えなくなった。  だから、唯人は自分に飽きたのだろうと思い込み、それならば、出て行こうと決意したのだ。 (俺の、せい?) 「暁が出て行くって言うなら、好きにさせようって思ってた。でも、この前……暁からキスしてきたから、考えが変わった」 「……起きて……た?」  答えの代わりとでもいうように、彼は唇で額へと触れ、暁が体を強ばらせれば、困ったように眉根を寄せる。 「いくら考えても分からない。暁は俺が好きなのに、なんでこんなに怯えるのか」 「それは……」  こうして会話を交わす間も、胸が苦しくてたまらない。だけど、暁が理由を見つけなければ、唯人は納得しないだろう。  だから、必死に思考を巡らせるけれど、答えは形にならなくて……溢れそうな涙を堪え、暁が視線を逸らそうとすると、顎を取られてそれは阻止され、今度は頬へと唇が触れた。 「逃げるなんて許さない。暁は、俺の事だけ考えて、俺の為にだけいればいい」  独占欲を剥き出しにした恋人のような発言に、戸惑いながらも暁の心臓はその鼓動を一気に速める。 「今から抱く。抵抗しても、泣いても止めない」 まるで、独白のように言葉を紡ぐ唯人の顔は無表情だが、整い過ぎたその容貌に、魅入られたように動けなくなった。

ともだちにシェアしよう!