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番外編5

 *** 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」  不審げに寄せられた眉根を見て、慌てた暁は動きだす。 (大丈夫、前とは違う)  肌理(きめ)の細かいサラサラとした砂を素足で踏みしめながら、過去に池へと沈められた記憶を振り払おうとした。  そんなことを思い出すなんて、今の唯人に失礼だ。 「ありがとう。ホント、綺麗」  彼がアメリカへと移住してから、会える時間は格段に減った。せめて一緒にいられる時間はなるべく笑顔で過ごしたい。だから、この素晴らしい景色を瞼に焼き付けておこうと思い直し、波打ち際からほんの数歩だけ海水へ足を踏み入れた。 「暁、こっち」  手首を掴んでいた彼の手が、一瞬離れて掌を掴む。そのまま、沖のほうへと引っ張られ、彼が珍しくハーフパンツを履いていた理由(わけ)がようやく分かった。 「唯、ちょっと待って」 「もしかして、暁、泳げなかった? 怖がらなくても平気だよ。あの岩の辺りまでは浅瀬だから」 「そ、そうじゃなくて」  確かに暁は泳げないけれど、引き留めた理由はそれじゃない。体に巻き付けたシーツの裾が、海水に浸り重たくなってしまったからだ。  だから、一旦戻って服を着たいと再度唯人へ懇願すると、何を思ったか? 綺麗に口角を引き上げた彼は、強い力でシーツを引っ張り暁の体から引き剥がした。 「……っ!」 「これで重くない」  取り上げたシーツを砂浜へと投げ、サングラスをかけ直しながら、「名案だろう?」と唯人は暁へと言い放つ。  そんな仕草も格好いいなどと呆けてしまいそうになるけれど、それでも暁には今の状況を受け入れるほうが難しかった。 「酷い。なんでこんな……意地悪するんだ」  手を振り払って暁が告げると、どういうわけか唯人の笑みが先ほどよりも深くなる。   「なんで怒るの?」 「だって、服……」 「服がなに?」 「もう……いいよ」  差し伸べられた長い指先をキュッと掴んでそう答えると、「行くよ」と優しい声が降りてきて暁は小さく息を吐き出した。  久しぶりに会えたのだから、気まずい思いはしたくない。  それに……彼が望んでいるのだから、なるべくそれに応えたい。 「……やっぱ、唯はずるい」 「ん、なに?」 「いや、なんでもない。唯に会えて、海が見れて、本当に嬉しい」  小さな悪態を吐いた暁だが、こちらを振り向く彼の表情が幸せそうに見えたから……洋服なんてほんの些細なことのように思えてしまった。 (きっと、唯には全部分かってるんだろうな)  暁は唯人が大好きだから、大抵のわがままは受け入れてしまうと知っている。  だからといって、試すようなことはあまりして欲しくは無いが、それで唯人が満足するなら嬉しいと思う自分がいた。 「ホント、暁は俺のことが好きだよね」 「……うん、好きだよ」  よくされる質問に、素直に応えた暁だけれど、言った側から羞恥が募って熱が頬へと集まってくる。  せめて……空いている手で股間だけでも隠そうなどと考えていると、掴んでいた指先が払われて急に景色が反転した。

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