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番外編4

 *** 「外、出てみる?」  暁の手首を掴んだ唯人が立ち上がりながら(いざな)うと、頬を真っ赤に染めた彼が小さく頷き返してくる。  ここ数年は離ればなれの期間の方が長いから、こうして休みが取れる時には、なるべく誰にも邪魔をされずに一緒にいたいと考えていた。 (まあ、それもあと少しだけど……)  高校を卒業した後、イギリスの大学を卒業した唯人だが、それから再び日本の大学へと入った理由はひどく単純で、そのまま御園の駒になるのが本意ではなかったからだ。  けれどそこで暁と出会い、さまざまなことが起こってから、唯人の意識はかなり変わった。  現時点では、暁との関係を祖父は遊びと思っているから放っておいてもらえているが、暁の存在が邪魔と判断されたなら、汚い手を使ってでも別れさせようとするだろう。  だから、御園というブランド名をうまく利用しながらも、最短で祖父を引きずり降ろすプランを唯人は考えた。  数年前に大学を中退し、アメリカ企業へ入社したのもそのためだ。 「テラスへ行こう」  そこまで思い返したところで唯人は一旦思考を切り、リモコンを操作しながら暁の手首を軽く引く。小さなモーター音をさせながら壁一面の窓が開き、海からの心地よいそよ風が部屋へと流れこんできた。  東京での季節は冬へと向かっているが、ここはまだ初秋の気候だ。 「唯、俺の……服は?」 「ここは御園が所有している別荘の一つで、他には誰もいない」 「そういうことを言ってるんじゃなくて」  こんな時に暁が見せる困ったような表情が好きだ。  部屋を出れば使用人と工藤を含めた警備が数人いるのだが、あえて二人きりを強調すると、暁は何度か瞬きをしたあと「……意地悪するな」と消え入るような小さな声で訴えてきた。   「意地悪なんかしてないよ。暁は可愛いから服なんか着なくていい」 「可愛くないし。意味が分からない。だったら……」 「だったら……なに?」  シーツ越しに抱きしめながら耳たぶを甘く噛んで訊ねると、ピクリと細い体が震えて「なんでもない」と暁は答える。  きっと、「唯も脱いで」と続けたかったのだろうけれど、恥ずかしくなって止めたのだろう。 「ほら、こっち」  広いテラスへと彼を連れだして、中央付近にある階段から砂浜へと降り立った。  このあたりは遠浅(とおあさ)だから、溺れるような深さではない。だから、波際近くまで行こうとすると、暁がピタリと動きを止めた。

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