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番外編3
「……自分だけ、ずるい」
「暁もする?」
「いや、いいけど……あっ!」
いつの間にかサングラスをかけていた彼に、文句を言おうと口を開いたが、ようやく開けた視界の向こうに広がっている景色を見て、暁は大きく瞳を開くと「海!」と思わず声をあげた。
「うん、海。うれしい?」
さっきまで真っ暗だったガラスの外一面に、どんなからくりか分からないけれど綺麗な海が広がっている。
それは、生まれ育った北海道の港町のものとは違い、まるで翡翠を溶かしたような目に鮮やかな色をしていた。
「綺麗……」
近くで見たいという衝動に突き動かされて立とうとすると、掛けられていたシーツが落ちて、そこで初めて自分が衣服を着ていないことに暁は気がつく。
「唯、俺は……どうやってここに来たんだろう」
慌ててシーツを拾った暁が、ソファーに座ったままの唯人に震える声で訊ねると、僅かに首を傾げた彼は長い脚を優雅に組みかえ、
「そんなことはどうでもいいよ」
と柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「綺麗な海、見たかったんだろう?」
「うん。たしかに……」
昨日一緒にテレビを見ながら、行ってみたいと確かに言ったし、なにがなんだか分からないけれど、こういう事象にまるで耐性が無いわけではない。
(ここまで凄いことは……流石になかったけど)
そもそも、唯人と一緒にいられるだけで、他に望むことなど無いのだ。
だけど、暁が何かに興味を抱いてその話を彼にすると、瞬く間にそれを実現してしまうから、最近ではかなり気をつけて会話をしていたつもりだった。
(嬉しい。けど……)
「唯、ありがとう」
サングラスを掛けている彼の表情はうまく読みとれないが、間違いなく自分を喜ばせようとしたと分かるから、手早くシーツを体に巻き付け暁は唯人に礼を言う。
(返せるものが俺にはない)
そんなことを考えつつも、彼の気持ちが嬉しすぎるから、『ここまでのことはしてくれなくていい』などとは、とても口にできなかった。
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