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最終話 歪で幸せな愛。

真咲君が姿を消して三年、最近お気に入りのバーを見つけた。仕事帰りに寄るのが日課だ。 今夜は旧友とバーで酒を酌み交わす。 「あれから連絡は無いのか?」 「うん。」 「その…悪かったな。俺がバスでお前にあんな事しなきゃ…」 「一度目は知らない奴に襲われたけど、二度は俺がお前に痴漢してくれって頼んだんだ。責任を感じる必要なんてない。それに、彼に振り向いてもらう為にした事だ。後悔なんてしていない。」 俺達の会話を耳にし、シェーカーを振っていたマスターの手が止まる。 「けど、それが原因で彼はお前の前から姿を消したんだろ?」 「……俺さ、彼が暮らしていたアパートに住んでるんだ」 「今も、奴を待っているのか?」 「うん」 「今夜、行っても良いか?」 「駄目」 「どうして?」 「俺が他の男に抱かれるのは、彼の前でだけだから。」 「戻って来なかったらどうするんだよ」 「今夜、帰って来る」 「は?」 「そんな気がするんだ」 「……」 「そろそろ帰るよ。又な」 席を立ちレジへと向かう。俯いて肩を震わせている彼へ声を掛けた。 「マスター、ご馳走様」 「あ、ありがとうございます……」  彼の震える手の平に合鍵をそっと忍ばせ、店を出た。  ひらひらと舞い落ちる雪が頬を濡らし、空を見上げた。 「待って!!」  振り返ると、彼が此方に向かって駆けてくるのが見えた。 「どうしたの?」 「雪が降ってるから……」 息を整えながら、差し出されたのは、赤い色をした手編みのマフラー。手を伸ばすのを躊躇っていたら、彼が震えた手でそっと巻いてくれた。 「風邪引いちゃうよ?」 「店にダウンジャケットがあるから、大丈夫です」 「ありがとう」 「じゃ、じゃあ」 「うん、またね」 今にも泣きそうな顔をして、彼は店へと戻って行った。  彼と初めて言葉を交わした日から、二十年の月日が経つ。 美術室の窓から君が俺をずっと見つめてくれていたように、俺がずっと君だけを想い続けている事を、君は気付いてくれただろうか? アパートへ帰ると明かりを点けヒータのコンセントをさした。 彼が置いていった壊れかけのヒーター。スイッチを入れると、カタカタと音を立て暖かな風を運ぶ。  壁にはセロテープで繋いだ似顔絵が一枚だけ。彼が俺にくれた、初めての誕生日プレゼントだ。一ヶ月も遅れたけど。 瞼を閉じ、過去を思い起こす。 自分の性癖に難があると自覚したのは痴漢に襲われたあの日だ。 好きな男の目の前で、見知らぬ男に陰茎を扱かれ密孔に指を入れられ中を掻き回された。 別の男に触れられ感じている俺の姿に、彼は引くどころか興奮し鞄の下で勃起していた。 その姿に俺は酷く高揚した。えも言われぬ快感が脳を刺激し体内を駆け巡る。 彼の視線を感じながら、誇張した雄の先端が開き透明な液が溢れ出た。 一週間後、俺は再び痴漢に襲われた。と言っても、これは俺が仕組んだ茶番。彼の真意を確かめたかったからだ。 結果は期待以上だった。 別の男に雄を捩じ込まれ、秘部内に撒き散らかされた白液を掻き出し、嬉嬉として舐め取る彼の姿に秘部が疼く。硬く反り勃った雄が挿入された刹那、俺は悦びに打ち震え、腰を激しく揺さぶられ、快感に喘いだ。 数日後、予想外の事が起こった。俺の本心に気が付かなかった彼が、俺の為に姿を消したのだ。 彼の居場所を捜し当てた俺は、偶然を装いバーで再会を果たす。店に入って来た俺を見て必死で涙を堪える彼の姿に、俺をまだ愛してくれていると安堵した。 今夜、彼は俺の元へ戻ってくる。それだけで彼を待ち侘びた気の遠くなるような長い時間さえも愛おしく感じる。 他者からしてみれば俺達の愛は歪かも知れない。けれど、愛に基準なんてない。互いを慈しみ愛する気持ちが有ればそれで良い。 俺達は、出逢うべくして出逢ったんだ。 チャイムの音が鳴る。俺は一呼吸置いて玄関の扉を開けた。 「バーは?まだ営業時間だろ?」 「……閉めて来た」 「そう……」 「あ、あのさ……」  ずっと言いたかった言葉を俺は口にする。 「真咲君、お帰り」 「……優磨君、ただいま」 「どうして泣いているの?」 「君を、愛しているから……」  ずっと聞きたかった言葉を彼が口にした。

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