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御前
「なにを言ってるんですか?」
言葉の意味も微笑みの意味もわからない僕は戸惑うことしか出来ない。
彼は僕を見つめながらボサボサの黒髪を左手で撫でる。
「日本人じゃないの?」
「日本人ですけど」
「名前は?」
本当の名前を言ったら、彼は怯えて消えてしまうのだろうか。
でも、嘘をついても彼の真っ直ぐな瞳で見透かされそうだから正直に言う。
「御前 です」
この世界では名の知れた財閥の名を恐る恐る告げたのに、彼はクスリと笑っただけだった。
「かわいそうに……こんなかわいい子を隠し持っていたのがあのくだらない一家だなんて」
もったいないと付け加えて左手を後頭部から首へ降ろしてきた彼は伸び切った髪を後ろに回し始める。
僕は痛みに耐えるために目を強く閉じた。
きっと、彼は首を絞めるんだと思ったから。
フッと鼻で笑ったのを聞いて、僕は力を抜く。
もし、本当に神様がいるのなら、お願いです。
彼を裁くのも、地獄へ落とすのもお止めください。
そして、僕を二度と生き返らせないでください。
もし、生き返らせるのならば……彼の恋人としてがいいです。
殺してくれた彼を助けるためならば、いいのです。
僕の首に添えられた手に力が入ったのか、頭が空っぽになってくる。
すると、赤い光がぼんやりと現れた。
初めて見た僕はそれを朝日だと思ったんだ。
「ハ、サ……ヒ」
言葉を発したら、強く絞められたから上手く言えなかった。
もうすぐ死ぬのはわかったけど、なんか希望が見えてきた気がした。
「キ、れ……い、だ」
届かないかもしれないけど、僕は手を伸ばしたんだ。
「アカン!」
でも、その声と共に手を掴まれ、朝日も消えてしまった。
「自分から傷つきにいくなんて、アホだよ」
もう信じられないって彼は何故か怒っているし、締め付けもなくなっている。
伸ばした手がさっきまで首にあった左手に絡め取られて、腰辺りで縫い付けられた。
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