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第1話
サフランを拾ったのはメルクマールに冬が近づいてきた頃だった。
オレが14歳の冬ーーー
朝の冷え込みがひどく粉雪がチラつくくらい寒かった。オレが住み込みで働いている宿屋の裏口へゴミ出しに行くと、残飯バケツの横で黄色いフワフワの毛玉がブルブル震えていた。
なんだこれ、野良猫か?
回り込んで覗き込むと、黄色いフワフワ頭の子どもが金色のまん丸の目でこちらを見つめた。
オレより年下で多分12かそこらくらい。
「何してるの」
「・・・あったかいから」
バケツと木箱の間にぴったり嵌って、風を凌いでいるようだった。汚いボロ切れに足元まで包まっている。
「お前親は?家は?」
ソイツはフルフルと首を振る。みなしごか。珍しいことじゃない。オレも親がモンスターにやられた。
「取り敢えず中に入ろ。ここのジイさんは細かいこと気にしないから」
ソイツの手を取って立ち上がらせると、ボロ切れに隠れていたーーーオレンジ色の鳥の足が見えた。
獣人の子どもだ。
獣の獣人は数多くこの街でも暮らしているが、鳥類の獣人は初めて見た。
でもこの宿の主人のジイさんはそんなこと気にしない。
厨房という名の台所に入ると、丁度朝飯の支度をしているところで暖かかった。ポトフを煮ていて、溶け出した肉の脂の匂いが食欲をそそる。イグアナの頭をしたこの宿の主人ーマオリ爺さんは、柔らかそうな目蓋をパチパチさせながらこちらを見た。年寄りだから顔の皮膚が弛んでシワだらけだ。
「拾った」
オレが子どもの手を繋いだままヒョイと上げると、黙って机にポトフの腕を2つ出してきた。
中身を覗き込む金色の目にほわあと湯気が煙る。
腹が減っているだろうに、ソイツは黙々と行儀良くスプーンで具を口に運ぶ。
その内に朝飯目当ての客が食堂に降りてきて、オレはソイツをせっつかせてパンとポトフを運ぶのを手伝わせた。
ソイツーサフランはこの日からオレと働くことになった。
あれから季節が一巡りして、またメルクマールに冬が来た。オレは15に、サフランは13になった。
サフランはいつもオレの後をついて回った。
鮮やかな黄色の髪をほわほわさせながら鳥の足でちょこちょこついてくる姿はまるでヒヨコだ。
仕事を覚えて分担し始めてからは少しずつ離れる時間が増えたけど、食事の時や寝る時は必ずオレに引っ付いてた。
「兄ちゃん兄ちゃん」って慕われるのも弟が出来たみたいで嬉しかったし、泣き虫でビビリだけど与えられた仕事はベソをかきながらも最後までやる根性が気に入っていた。
この日も屋根裏部屋のベッドで引っ付いて眠った。
下の階から暖気が昇ってくるし隙間を目張りしてあるから外よりはずっとマシだけど、やっぱり寒いからな。
サフランは相変わらずチビだけどポカポカあったかい。ほわほわの髪に鼻を埋めると、サフランと同じ名前の花のような甘い匂いがする。
「おやすみ、バジル兄ちゃん」
サフランはオレの頬にキスをしてから微笑んだ。
「おやすみサフラン」
オレもサフランの頬にキスをする。ほかほかの身体を抱きしめていると、陽だまりの中にいるみたいだ。早く春がくるといいなあなんて思いながら、オレとサフランは目を閉じた。
事件が起こったのは、翌朝のことだった。
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