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第1話 【田中さん(第二新卒)】 - 1
「ルイ君、今日のクライアント、そろそろですか?」
「はい、先生。16時のご予約なので、そろそろですね」
ボクの名前は藤原 瑠偉(ふじわら るい)。T大学2年の19歳だ。
ひょんなことから、蘆屋 優斗(あしや ゆうと)先生の「恋愛セラピー」の助手としてアルバイトすることになって半年ほど経つ。
蘆屋(あしや)先生の「恋愛セラピー」は完全予約制で、人に相談できない恋愛相談と、インドの山奥や世界各地で学んだという先生の秘薬の処方を行っている。
場所は、六本木駅からほど近い旧い雑居ビルの地下だ。
看板が出ていないので分かりにくい。
夜は先生が趣味でバーをやってる。最近は時々夜の営業を手伝うこともあるけれど、基本的には大学講義後の午後がボクのバイト時間だ。
小さな店だが、クラシックな木調のインテリアと、小型のグランドピアノが置いてあるところがボクはとても気に入っている。自由に弾いてよいと先生に許可をもらっている。
ボクは、いつものようにアロマディフューザーのスイッチを入れ、邪魔にならない静かな音量で音楽をかける。
店内の灯りを少し暗めにして、紅茶の用意をしたら準備完了だ。
カラン カラン……
ドアが開き、今日のクライアントが入って来た。
彼のセラピーは今日が初回だ。
まだ着慣れていなさそうな紺色スーツの若い男性だ。
少しオドオドした感じで、緊張気味に入口にたたずんでいる。
ボクはいつものように声をかける。
「セラピーへ、ようこそ。
田中さんですね、お待ちしておりました。奥へどうぞ。
ボクはアシスタントのルイです。よろしくお願いします。
今日は7月にしては肌寒いですね、あたたかい紅茶をご用意しましょうか」
「あ、はい……、ありがとうございます。今日は涼しいですね」
促されるままに店の奥のテーブル席に座るクライアント。
両ひざに肘をついて手を握り合わせる姿から、緊張が伝わってくる。
初めてのクライアントはだいたい最初は、こんな感じだ。
「田中さんがここでお話になったことが外に漏れることはありません。
なんでもお話になりたいことを自由に話してください。
ご予約の際にお伝えした通り相談時間は60分、無料となります。
ご相談の後ご希望の場合は処方薬を、有料でご用意します。
処方薬の内容はお伝えできませんが、人生を後押しする意図で調合するもので、健康に害はありません。
また、処方薬の見立ては蘆屋先生に完全に任せていただき、
クレームなどは一切受け付けておりませんのでご了承ください。
ここまでよろしければ、こちらにサインをお願いいたします」
サインが終わるころ、先生が登場する。
「田中さんですね、ようこそいらっしゃいました。セラピストの蘆屋です」
先生がにっこり笑ってクライアントの前に座る。
漆黒の長めの髪を後ろで軽く束ね、白衣を着てほほ笑む先生。スッとした鼻筋、小さめの小鼻、細い唇。スッと伸びた細い目は普段冷たい印象があるが、笑うと優しくほころんで、一変して人懐っこい印象に変わり、男でもハッとするほどキラキラしている。
「あ、はじめまして。田中と申します、よろしくお願いします」
田中さんも、先生の笑顔を見て気を取られたのか、いくらか緊張がほぐれた様子だ。
「紅茶をご用意しました。どうぞ」
「田中さん、こちら私のアシスタントのルイ君といいます。
飲み物の追加などお気軽におっしゃってくださいね」
ボクがカウンターの内側に下がるとカウンセリングが始まる。
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