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第12話 - 5
岡山さんを見送って、テーブルを片付けてお店のPCを開け、今日のカルテを書き込む。
カルテには、クライアントが話した内容のメモと、相談後の処置や結果など、それから、ボクが感じた事やなんかも書き込む。
ボクの感じた事を書くのは、蘆屋先生の指示だ。
岡山さんのハワイの話を思い出しながら、ボクはキーボードを打つ手が止まっていた。
岡山さんの語る夜の海の話は、ボクがこのバイトを始めてから聞いた中で最もロマンチックだ。
ボクは恋愛経験が豊富な方ではない。
中学の頃の、遠くから見ているだけの淡い、恋とも呼べないような思い。憧れという方が近いかもしれない。けど多分あれは初恋だったと思う。
それから次は高校生の時。年上の、大学生の彼氏がいたことがある。
女性と付き合ったことがないうちに、その人が初めての性的な経験相手だった。
彼をカッコいいなと思ってはいたけれど、それが恋だったのかどうかわからない。初めての性体験の興奮と快感に翻弄されていただけだったのかもしれない。
それに、ボクは付き合っていると思って夢中だったけど、後になってみれば、あっちがボクをどう思っていたのかわからない。ただの性的欲求を満たすためだけの、セフレの1人だったんじゃないかとも思う。彼には、ボクを好きという気持ちは少しはあったのだろうか。
最後は、僕自身の記憶はあいまいなのだけれど、よくない思い出になってしまった。いろんなセックスの快感と、苦くて、砂漠に取り残されたような孤独だけが残った。
人を好きになるという感覚がすごく遠く感じられ、わからなくなった。
蘆屋先生に誘われて、ここで先生の恋愛セラピーの手伝いをするようになり、いろんな恋愛話を聞いている。
ボクが高校の頃、恋愛話をする相手はいなかった。
ボクは中学高校と男子校だったので、男同士で憧れたり憧れられたりなんていうのは普通に日常的な事だった。だから特にゲイとかホモとか意識してなかったけれど、セックスとなると話は別だ。
ボクは大学生と付き合ってた頃、いけない事をしているとか恥ずかしいとかいう思いが強くて、親友にも話せなかったし、誰にも知られてはいけないと思っていた。
ここに相談に来ている人たちもみんなそうなんだろう。
けど、こうしていろんな話を聴いていると、いろんな思いがあって、いろんな出会いや別れがあって、どれが正しいとか間違っているとか、こうすべきとか、ないんだな。
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