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第12話 - 6
岡山さんも、歳はボクより上だけれど、話を聞く限り、ボクと似たような環境で生きてきたようだ。そして、まっさらなうちに、英会話の先生と恋をしたんだ。
好きな人と裸で月明かりの夜の海で泳ぐなんて……
いいなぁ。羨ましい。
ボクもいつかそんな素敵な体験ができるんだろうか…… 誰かを好きになって、その人もボクを好きになってくれる事が、いつかあるんだろうか……
そう思うと、なぜだか胸がギューっと痛くなった。
いや、胸なのか胃なのか腸なのか。高校の頃から何度か十二指腸潰瘍になりかけた事があるから、もしかしたらこの痛みって…… ボクは病気なのかも……
「ルイ君、どうしたの、ぼーっとして?」
蘆屋先生に声をかけられてハッとした。
「あっ! いやあの…… なんかちょっとお腹が痛くて」
「大丈夫? 胃腸が弱っているのかな?」
「ボク、高校の頃から何度か十二指腸潰瘍になりかかっていて……。あっでも医者は『なりかけているけど気にすることはない』って毎回言うんで大した事ないと思うんですけど、そんな事言われたら気になりますよねえ」
「そうだね、
どの辺が痛いの?」
先生が気にしてくれる。ちょっと可笑しそうにほほ笑みながら。
あれ、どこだっけ? ボクは腹に手を当てて確かめる。
「この、おへその辺かなあ、いや、んー、
あ、もしかしたら心臓かも!」
「心臓?! それは大変だ。
ちょっと待ってて。お腹に良いハーブティー淹れるから」
大変だなんて言いつつ全然そう思ってなさそうな笑顔で言うから、ボクは大人しくPC を消して先生を待った。
先生はショパンの曲をかけて、ティーセットを盆にのせてボクの隣に座った。
「子犬のワルツですね」
「うん。最近ルイ君、ピアノの練習サボってるでしょ。指がもつれて、この曲弾けなくなってるんじゃない? また練習しないと」
「あはは、そうですね。今日練習して帰ろうかな。
あ、青いお茶?」
先生がティーポットからカップに注いでくれたのは、クリアなブルーのハーブティーだった。
「そう。お腹が痛いルイ君に、今日はマローのハーブティーだよ。
日本名だとウスベニアオイ。
あ、ちょっと待って。
ここにこうして、ハイ、レモンを入れてみて」
言われるままに、小さな皿の薄切りのレモンをティーカップに入れた。
「わあーすごい! 色が変わった! きれいなピンクですね!」
ボクの反応に、先生は嬉しそうに笑った。
味は薄い酸味ばかりで、美味しいのかどうなのかよくわからないけど、
華やかでいながら優しく流れるピアノの音、
カップに映えるきれいなピンクのハーブティー、
そして優しい笑顔の先生。
ボクは先生の、こんな風に嬉しそうに笑う顔がとても好きだ。
胸か腹かわかんないけどギューっとなっていたのをいつのまにか忘れて、ボクはおだやかで幸せな気持ちになっていた。
ここで過ごす時間が、好きだ。
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