2 / 2
後編
結局俺たちが外に出たのは、日が昇ってからだった。
「あー、もうほとんど溶けてる……」
砂色に染まり足跡だらけになった地面を見下ろし、理人さんが嘆ぐ。
「佐藤くんのせいだぞ!」
「なんでですか」
「一回だけって言ったくせに……っ」
「しょうがないでしょ。理人さんが子供みたいにはしゃぐから」
「だから、いちいち俺のせいにするなって!」
憤慨する理人さんの口元から、次々と白い吐息が生み出される。
ぽこぽこと丸くなって消えていくそれは、まるで綿菓子のようだ。
かわいい。
「せっかく雪積もったのに!」
「ごめんなさい。でも、この量じゃ雪だるまも雪合戦も無理でしたよ」
「わかってるよ!」
理人さんはむうっと頰を膨らませ、さらに唇は勾配の急なへの字になった。
「もう、そんなかわいい顔しないで」
「かわいいって言うな!」
理人さんの後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。
大股で進んでいく足が角を曲がる前に、俺は腕を掴んだ。
「待って、理人さん。こっちです」
「スーパー行くんじゃなかったのかよ?」
「いいから」
わざと遠回りをして、いつもと違う道を行く。
やがてたどり着いたのは小さな公園。
唯一の遊具である滑り台にちなみ、近所の子供たちからは『ぞうさん公園』と呼ばれていた。
朝早いせいか、彼らの姿はまだない。
いつも土色をしている地面は、汚れのない白一色に覆われていた。
「はい、どうぞ」
「えっ」
「雪に足跡つけたかったんでしょ?」
繋がっていた手を解いて促すと、ふたつのアーモンド・アイが輝いた。
やたら慎重に左足を踏み出しかけ、でもすぐにやめてしまう。
「理人さん?」
「……手」
「え?」
「繋いだままがいい……」
真っ赤な横顔が、雪に反射した朝陽を受けて艶めく。
差し出された手を取ると、理人さんははにかんだように笑った。
ああもう……かわいい。
「思ったより積もってないな。地面にすぐ足がつく」
「まあ、雪自体はすぐに止みましたからね」
「うん……」
「どうしたんですか?」
「佐藤くんの足跡の方が大きい……」
薄い唇がまたへの字を描いた。
後ろを振り返ると、なるほど、ふたり分の足跡が並んで続いている。
理人さんの視線は、ほんの少しだけ歩幅の広い俺の分を悔しそうに見つめていた。
「なんかむかつく……!」
「プッ、しょうがないでしょ。俺の方が身長あるんだし」
「そうだけど!」
「それに……」
「え、うわっ!」
足のサイズはあそこの大きさに比例するらしいですよ?
「なっ……!」
肩を引き寄せ耳元に注ぎ込んだ言葉は、理人さんの首から上をトマト色に染め上げた。
わなわなと震えるアーモンド・アイに、いやらしい笑みを浮かべた俺が映し出される。
「こんっの、エロオヤジ……!」
かわいすぎる暴言とニヤニヤの止まらない俺を残し、理人さんはひとり走り去っていった。
白い雪の上に乱れに乱れた足跡を描きながら――。
fin
ともだちにシェアしよう!