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後編

 結局俺たちが外に出たのは、日が昇ってからだった。 「あー、もうほとんど溶けてる……」  砂色に染まり足跡だらけになった地面を見下ろし、理人さんが嘆ぐ。 「佐藤くんのせいだぞ!」 「なんでですか」 「一回だけって言ったくせに……っ」 「しょうがないでしょ。理人さんが子供みたいにはしゃぐから」 「だから、いちいち俺のせいにするなって!」  憤慨する理人さんの口元から、次々と白い吐息が生み出される。  ぽこぽこと丸くなって消えていくそれは、まるで綿菓子のようだ。  かわいい。 「せっかく雪積もったのに!」 「ごめんなさい。でも、この量じゃ雪だるまも雪合戦も無理でしたよ」 「わかってるよ!」  理人さんはむうっと頰を膨らませ、さらに唇は勾配の急なへの字になった。 「もう、そんなかわいい顔しないで」 「かわいいって言うな!」  理人さんの後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。  大股で進んでいく足が角を曲がる前に、俺は腕を掴んだ。 「待って、理人さん。こっちです」 「スーパー行くんじゃなかったのかよ?」 「いいから」  わざと遠回りをして、いつもと違う道を行く。  やがてたどり着いたのは小さな公園。  唯一の遊具である滑り台にちなみ、近所の子供たちからは『ぞうさん公園』と呼ばれていた。  朝早いせいか、彼らの姿はまだない。  いつも土色をしている地面は、汚れのない白一色に覆われていた。 「はい、どうぞ」 「えっ」 「雪に足跡つけたかったんでしょ?」  繋がっていた手を解いて促すと、ふたつのアーモンド・アイが輝いた。  やたら慎重に左足を踏み出しかけ、でもすぐにやめてしまう。 「理人さん?」 「……手」 「え?」 「繋いだままがいい……」  真っ赤な横顔が、雪に反射した朝陽を受けて艶めく。  差し出された手を取ると、理人さんははにかんだように笑った。  ああもう……かわいい。 「思ったより積もってないな。地面にすぐ足がつく」 「まあ、雪自体はすぐに止みましたからね」 「うん……」 「どうしたんですか?」 「佐藤くんの足跡の方が大きい……」  薄い唇がまたへの字を描いた。  後ろを振り返ると、なるほど、ふたり分の足跡が並んで続いている。  理人さんの視線は、ほんの少しだけ歩幅の広い俺の分を悔しそうに見つめていた。 「なんかむかつく……!」 「プッ、しょうがないでしょ。俺の方が身長あるんだし」 「そうだけど!」 「それに……」 「え、うわっ!」  足のサイズはあそこの大きさに比例するらしいですよ? 「なっ……!」  肩を引き寄せ耳元に注ぎ込んだ言葉は、理人さんの首から上をトマト色に染め上げた。  わなわなと震えるアーモンド・アイに、いやらしい笑みを浮かべた俺が映し出される。 「こんっの、エロオヤジ……!」  かわいすぎる暴言とニヤニヤの止まらない俺を残し、理人さんはひとり走り去っていった。  白い雪の上に乱れに乱れた足跡を描きながら――。  fin

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