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深夜。突然我が家のドアが殴られた。 ベッドで寝転がりながらソシャゲをしていた手は反射的にぴたりと止まる。状況を理解する前にもう一度ドアの殴打音が鳴り響いた。 スマホの画面の隅に表示される現在の時刻は2:35。草木も眠る丑三つ時。俺の脳裏に真っ先によぎったのは『お化け』。 ワンルームがゆえ玄関は目と鼻の先だが、視線は向けられない。 おいおい、だから家賃安かったのか?それとも誰かに恨まれるようなことなんてしたか? ぐるぐる思考は巡るが成す術もなく固まっていると、がちーん!と重い金属が擦れ合う音がした。 俺はこれを知っている。ドアを開けるもチェーンで引っ掛かった音だ。 事実、いかにも冬のそれらしい冷たい風が室内に吹き込んできた。幽霊から一転、強盗にクラスチェンジした妄想が脳内を駆け巡る。鍵かけ忘れた俺のバカ。でもチェーン掛けてる俺、ナイス。 「ん~?誰かおるんか?」 ふと間延びした男の声が聞こえた。 そこでやっと俺は我に返りおそるおそるそちらに振り向いた。 暗がりでよく見えないが、外側に開いたドアの20センチに満たない隙間から人影が窺える。声のトーン的に危害を加えてきそうな雰囲気はないが、しかし俺はチキンだ。立ち上がる勇気は出ず声だけ投げることにした。 「ど、どど、どちら、さまですか」 「ええ?そっちがどっちらさまよ?ここおれんち」 「えと……あの。部屋間違えてませんか。ここ105号室ですけども……」 「はあ?まじ~?」 そこでドアが閉まった。 意外に話が通じ、ほっとしたと同時にどっと汗が噴き出た。 訪問者はお化けでも強盗でもなかった。がしかし肝を冷やしたことに変わりはない。 そうだ、鍵を閉めなくては。これをきっかけに施錠にはもっと注意を払おう。 俺はようやく立ち上がって玄関へ向かった。さっきの人はもうどっかに行ってくれただろうかとドアスコープを覗こうとした瞬間、再びチェーンががちーん!と鳴り響きドアが勢いよく開かれた。 情けなくも「ひぃっ」と悲鳴が漏れた。 「ななななんですかあ!?」 「鍵、()え」 「ちゃっ、ちゃんと全身!くまなく探してください!」 ドアの向こうにいたのは、背が高いサラリーマンだった。スーツにコート、マフラーを巻き革の手袋を嵌め、ビジネスバッグを提げている。 しかし至近距離で気付いたがこいつめちゃくちゃ酒と煙草の匂いがする。よく見ればネクタイはしてないしなんならコートもスーツも前のボタンは全部開けっぱなしだ。うわぁ、酔っ払いかよ。 男はポケットに手を突っ込んだり身体を叩いたりしてたがものの数秒で「()え」と言い放った。 「かか、管理会社に連絡したりとか…」 「まだやっとんの?」 「……鍵屋さん呼ぶとか」 「あ〜。鍵屋かあ」 男はうんうんと相槌を打つ。 納得してるようだしこれで…。とそっとドアを閉めようとしたら隙間に足を突っ込まれて邪魔をされた。そんなことされて俺はまた悲鳴を上げてしまった。己が情けない。 「なあ、腹減った」 「は?」 びびってるさなか突拍子もないことを言われて、そこでやっと男の顔を見た。 ……まあ、ふーん。普通にかっこいい人。そして笑顔だ。満面の笑顔。いや、なんでだ。 男はドアの隙間から俺の手を取った。いや、なんでだ。 「うどん!うどん食い行こ!」

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