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◇
外に出て驚いた。冷え込むとは思ってたが、外はちらちらと雪が舞っていた。
小っさい綿屑みたいな、埃みたいなしょぼい雪。手のひらに受けても瞬時に溶けてなくなった。
男は何が楽しいのか腕を広げて道を踊るように歩いている。危なく見えるが意外に器用で、凍った水たまりを踏んで喜んでる。
どうしてこんなのに連れ出されてしまったんだろう。
今更軽く後悔してきたが、もううどん屋に着いていた。
徒歩2分の場所にある24時間営業の此処はこんな時間でも予想以上に賑わっている。まあほとんどは俺の隣に座る男と同じく酔っ払いで、同じくシメを決めているわけだが。
男が奢るというから普段頼まないうどんとカツ丼のセットを頼んだ。こういう日は食わなきゃやってられん。
「んー!うどん、うまー!」
酔っ払ってるにしても男は随分と楽しげで、俺が喋らなくてもニコニコしてる。
しかしお前が食ってるそれはうどんでなく温玉肉蕎麦だ。なんて訂正も面倒だから黙ってるが。
「玉子も美味 かねー!」
「……」
「あ」
「……どうしました?」
「これ蕎麦やん」
言葉と共に男が幸せそうな顔から途端に神妙な面持ちに変わって、俺は堪えきれず、ぶっと噴き出してカウンターに突っ伏してしまった。口に食べ物入っていなくて本当に良かった。
声を抑えてくつくつ笑いながらこれにほだされた理由に薄々気付き始めた。面白いんだ。迷惑だけど変に楽しいヤツ。いないからわからないけど、弟ってこんな感じなのかな。
身なりや持ち物的に年上なんだろうけど、酒のせいか寒さのせいか頬は赤くなってて少し幼く見える。
「ばり笑いよるやん」なんて言うから怒ってんのかと思ったらニコニコ顔に戻っていた。なんでこんなご機嫌なんだろう。
「……今日は何か、いいことあったんですか?」
「ん、雪降っとる」
「へえ。俺は寒いから嬉しくないです」
「ははっ、そりゃあ寒かよ。ばってん俺の地元は雪降らんけん、テンションあがっちゃん」
そんなもんか、と俺はうどんをすすった。ふと気付けば男の手は止まっている。食べるのをやめてじっとこちら…いや、俺を通り越えた向こう側を眺めていた。
視線の先は通りに面しているガラス張りの壁だ。外は来た時と変わらず小さな雪が舞っている。
先に退店した客が店外に出て「うおー!雪だー!」とはしゃいだ大声が聞こえた。
「……さびしかねえ」
男は小さく呟く。
その言葉の意味はわからなかった。
眩しそうに細めた男の瞳は、ここではない、どこか遠くを見ているようだった。
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