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◇
深夜。また、突然我が家のドアが殴られた。
二回目とはいえ、別に慣れるもんじゃない。普通に悲鳴が出た。
あの男の忘れ物は袋に入れて俺の部屋のドアの取手に吊るしといたら無くなってたんで、回収に来たとき部屋もバレたはずだ。
あの日から、ちょうど一週間。時刻を見れば2時を回ったところ。
居留守もよぎったが、ドア横のガラスから漏れる電気で在宅は丸わかりだ。だからか相手もどんどんと追い打ちでドアを叩いてくる。
「おい、さっさと開けろや。いんだろ、おれだけど」
ヤクザかはたまたオレオレ詐欺かよ物騒だな。なんて考えながらドアスコープから外を覗くとやっぱりあの男がいた。
こんな時間で騒がれたら近所迷惑すぎるので、俺はチェーンも外してドアを開けてやった。
男はこないだと同じ格好だった。雰囲気的にまた酒を飲んでるようだが今日は前ほどでは無いらしい。少なくともちゃんと自立している。服もきちんと着込んでいてコートも留めていた。
驚いたことに、また外では雪が降っていた。この男は雪の妖精か何かか。
「先日は、どおーも」
「は、はあ」
「で!だよ!おれらやってねーよな!?」
「……は?」
「ケツなんともなかったし!つーかだっておれ、バリタチだし!」
この唐突なすげえ暴露はなんだ。天然か。
ニコニコしたり憂いたり戸惑ったり怒ったり忙しい奴。目の前で俺よりでかい大人が男がキーキー言ってる姿を見て、悪戯心が沸き上がる。
俺は不意に男の胸倉を掴んで一気に距離を詰めた。男が途端に怯んだのが見てとれた。
「はい。やってはねえですよ?でも、キスはほんとにしましたよね」
「……へ」
またからかいたくなってついでたらめを吐いていた。こいつ前の時もだけどすぐ信じすぎじゃねえか。
ああ、でもその顔。驚いてるっていうか、きょとんとしてんの。ちょっとかわいいな。
……かわいい?
そのまま自分のほうへ引き寄せて、気付いた時には唇を合わせていた。柔らかさはあまり感じなかった。
初めて、背伸びなんかして、男なんかとキスをした。
少しかさついてて冷たい。薄くてつまらない、男の唇。
俺何してるんだろう。されてる側の奴はといえば、目も口もぎゅっと閉じていて、まるで中学生みたいでちょっと笑えた。
合わせながら角度を変えて押し付けてみる。男は全く抵抗しなかった。
ちゅっとわざとらしいリップ音を立てて離すと、男の唇がわずかに開く。俺は懲りずにそこにもう一度仕掛けた。噛みつくように重ね、冷たい唇を舌先で軽く舐めたらそのまますんなりと侵入できた。
あ、舌入れさせてくれるんだ。って気付いたときにはもう深いところで絡み合っている。
男の口内は熱い。案の定酒の味がする。俺がしたいがままの自分勝手なキス。応じてはくれないが受け入れてくれるこの行為はなんなんだろう。
「ふ、っ……ん……」
キスの合間に、男は鼻から抜けるような声を漏らす。
脳を痺れさせるような吐息が直 に伝わる。あれ、やばいかも。直撃かもしれない。
胸倉から手を離して、男の引けている腰を両腕で思い切って抱き寄せても、こいつはされるがままだった。硬く筋肉質な身体。服からほんの少し香る柔軟剤の匂い。何もかも知らないもの。
悪ノリのはずがいつのまにかすっかり本気になってて夢中で唇を貪っている。キスって結構気持ちいい。これも知らなかった。
つーか、ドア開けっ放しじゃん。誰かに見られたらどうしよ。
外気の寒さは薄らぎ体内が熱を持ち始めていく。勃ちそう、と思ったぎりぎりで俺は唇を離した。
お互いすっかり呼吸は上擦っていて、冷えた空気で熱い吐息は真っ白に変わる。男はゆっくりまぶたを持ち上げると、目の前の俺から頭ごとぐるりと目を逸らした。
そのくせ、今日は逃げない。
「……」
「まだ、さびしかーですか?」
「…っ、てっめえ……」
「別に、さびしいときいつでも来て良いですし。……それとも今、寄ってきます?」
俺の問いかけに男は黙りこくってしまった。でもその顔が赤いのは寒さも酔いも関係ない、そういうことだろ?
俺は男のコートの袖を引いた。もう時間の問題だった。
まずはどうしよう。酔い覚ましに水を飲ませる?家の場所聞く?それとも自己紹介?
いや、全部めんどくさい。俺は今すぐこいつとキスがしたい。
彼の背中越しに雪が見えた。真っ暗な夜空にはらはらと舞う雪の粒はやけに儚く幻想的で、随分美しく見える。
もっと降ればいい。そして明日はどっさり積もるといい。
あれっ、俺ってこんな風に思うほうだったかな。まあいいか。
明日は雪玉ぶつけ合いながら歩いて転げて巻き添えにしてやろう。そんでまた、うどんを奢ってもらおう。
俺は、ドアを閉めた。
−了−
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