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血の匂いがするとは比喩だ。 室田駿はいつも血の匂いを纏っているような男だった。 「——優」 浅い眠りを漂う月岡優の横顔に酒臭い呼気が掛けられた。息と声の主をぼやけた頭で察知した月岡が眉を寄せ、それでも身を横臥させて眠ったままを装う。不躾な手が、掛けたタオルケットを捲り上げてそのまま月岡の下着の履き口をまさぐっていた。外ではまた雪が降り始めているのか、少し布地をずらしただけでも嫌気が差すほど冷たい空気が爪先を撫でた。 「…寝てるんだ」 「起きてんだろ」 お前とはもう寝ない、とは何度言った言葉だったか。 互いに執着は無い。室田があちこちの男の間をだらしなく飛び回り、遊びに飽きたり愛想をつかれたりした時にだけ自分の元へと戻ってくる事を月岡は知っている。 この男の寝ることメリットもデメリットも見当たらない。ただ、性欲の捌け口となることから逃げる理由もどういう訳か見当たらない。情は無い。早く自分にも飽きてくれないだろうかと思うが、気まぐれな室田はいつもこうして最後には自分の元へと戻ってくる。 「っ、」 室田の手が萎えた月岡の陰茎をなぞり、形を辿る。勃起した室田の雄を腰に押し付けられ、不快さに更に眉間の皺をきつくするも、室田の手は月岡の下着をずり下ろす。爪先に布を引っ掛けたまま、両脚を抱えて月岡の身体を仰向かせた。 「優しくすっから」 優しくした試しなど無いくせに。 事実室田の手は半端に熱を持った月岡の自身をおざなりに扱き、片手は既に双丘へと向いている。後孔の輪をなぞり、指を埋め込む。瞼を閉じたまま呼気を詰める月岡の反応を満足げに見下ろす室田は果たしてこの行為を翌朝覚えているのだろうかとすら思う。酔った室田は通常時よりタチが悪い。通常ならばただ乱暴に扱うだけの月岡に妙に甘い言葉を掛け、柔らかく触れようとする。絆される理由は無い。冷めているのは自分の方だと思うが、これまでの室田の数々の行いを振り返れば、冷めるのも無理がない。ーー元から、惹かれた覚えも無い。 音を鳴らして体内を掻き回されるにつれ、月岡の雄が形を成す。滲み始めた先走りを手の感触で捉えた室田が未だスラックスの中に収めていた欲を取り出した。月岡の大腿の裏に手を添え、大きく開脚させる。嫌でも滲む色を隠すように月岡は手の甲で相貌を覆い隠す。それに構わず、室田が腰を押し進めた。 「ッ…、あ、」 「優」 腰を引き、内壁を擦りながらまた奥を穿つ。反らせた胸を見下ろす室田が目を細めた。がくがくと身体を揺さぶり、腰を律動させては獣のような呼気を吐く。酒の匂いと煙草の匂い、それと互いの体液の匂いが狭い部屋で混ざり合う。 顔を隠したままの一方の手でシーツを握り締める。その月岡の手を覆うように、室田の手が重なり強く五指を絡め取られた。 名を呼ぶ声が脳に滲んでくる。 自分から求めた記憶は無い。 いつも室田の方ばかりがこうして自分を求めてくる。 優越感に似た感情の正体を掴むことが出来たのならこの室田の内面を掴むことが出来るのだろうと思いつつも、それは情を傾けることに等しい気がしている。 「優」 甘えるように名を呼び、時折思い出したように優しくしようとするこの男の不器用さを受け止めてやろうと思ったこともあるが、それにはこの室田の行状が伴わない。 こんな風にーー気紛れに自分の身体を好き放題に扱い、甘えたい時にだけやって来る男に掛ける情けなど、月岡は知らない。 「…しょうがねえな、…お前」 どうせ朝になれば覚えていないくせに。 憎々しげに見上げる目を覗く室田が続きを促して腰を叩き付ける。唇を引き結ぶ月岡に、文字通り口を割ろうと身体を傾けた室田が唇を重ねる。 せっかく呼んでやろうとした名前は、乱暴な口付けと酒の呼気の中に消える。ちらりと見上げた窓を覆うカーテンの隙間から明るい光が漏れている。夜だというのに明るい灰色の空からは、きっと雪が降っている。この雪の中、わざわざ足を運んできた室田に内心で呆れつつ、月岡は呼ぼうとした名前を飲み下す。 室田駿は、どうしようも無いクズだった。 。°.。❅°.。゜.❆。・。❅。。❅°.。゜.❆。・。

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