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明るい灰色の空から小雪が舞い始めた。昼間の光は厚い雲からそう遠くない位置にあるらしく、周囲は明るいままだ。下がる気温に、水分のあまり含まない軽い雪がちらちらと落ちていく様を窓ガラス越しに眺めつつ、月岡が惚けたような眼差しで吸いかけの煙草を唇に寄せた。年末年始の間、もう必要が無いと言いたくなる程に積もった雪面に陽光が反射している。白の眩しさに、月岡の細い目が更に細くなった。 「降ってきたな」 「寒い訳だ」 背後にあるドアを振り返る。市内の指定暴力団が月に1度催す定例会はまだ終わる気配が無い。暴力団への風当たりが強くなり始めている昨今、幹部同士の達者を確かめる意味合いもあるあの席のどこかに自分達が使える若頭が座っている。今日は新年初の顔見せともあり、通常のそれよりもやや長引いているようだった。鼻から息を抜いた室田は、仕方なしに5本目の煙草を箱から引っ張り出す。鳳勝会若頭の補佐である2人は、開会から間もなくしてこの灰皿が置かれた応接セットに陣取ったまま腰を上げない。 「今によ」 「あ?」 月岡の目は未だ窓の向こうを眺めていた。この痩せぎすな、目だけが炯々と光る横顔を眺め続けてどれくらいの時が経っただろうかと室田は内心で指を折る。薄い唇がフィルターを少し噛み、長く煙を吐き出した。若頭に似せたオールバックに白髪が混ざり始めている。 「雪が降らなくなるかもしれねえんだと。この間テレビでやってた」 「なんでだよ。北海道なのにか」 「温暖化?ってやつだと」 俺はよくわかんねえけど。短く足す月岡も室田も似たような学歴である。互いに、地頭と要領の良さだけで今の地位に立っている。 共に肩を並べてもう30年になる。指を折り終えた室田にはさほど感慨が湧かない。月岡の言葉に、ふうんと小さく鼻を鳴らすも興味は無い。同じように白髪がぽつぽつと増え始めていた筈の室田の短髪は1分の隙も見せぬような黒染めが施されていた。 「まあ…何があってもおかしくねえだろ。…セイキマツなんだからよ」 地球はあと5年後に滅亡すると大昔の預言者が言っていたらしい。テレビでは、数年前から思い出したように声高に世紀末を叫んでいる。数年前に崩壊したバブルのことなど皆忘れてしまったらしく、長く尾を引く不況にも慣れたことに乗じるように、90年代半ばの世間は冬空そのもののような鈍重な空気が蔓延していた。 不意に、地球が滅亡する日もまた、自分はこの月岡の隣に立っているだろうかと漠然と思う。 「…雪が降らなくなったら」 「あ?」 雪が降らなくなったら。冬が来なくなったのなら。 寒さを言い訳に、誰かの指を取って握ることは叶わなくなるのだろうか。自分には凡そ似合わない情緒が頭を掠めた。 もう30年も握り損ねている月岡の指先を見遣る。若い頃と同じく、長く、綺麗な指をしていた。 「…なんでもねえ」 降っても降らなくても。寒くても暑くても。5年後といわず、明日地球が滅んでしまっても。 自分はきっと、この指には触れられない。 雪の中、深くに埋まった感情は終ぞ取り出すことは無いのだろう。 部屋の隅に申し訳程度に設置された灯油ストーブの上に乗ったヤカンが音を立てている。随分と使い古されたその形は、30年前に月岡の部屋にあった物と同じ形をしていることに気が付いた。 。❅°.。゜.❆。・。❅。

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