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月岡と出会った60年代の札幌は、全てが未発達の時代だった。ただしくは、数年後の五輪招致を御旗にし、東京に倣うように街を整えようという計画が持ち上がったばかりの頃で、背の高いビルはまだ数える程しか存在しなかった。東京程に猛烈な勢いはなく、どこかのんびりとした歩みで街を造る様は、札幌の街や、そこに住む人間の気質を表しているかのようだった。 それでもススキノは既に盛り場としての体を成していて、退屈な港町を飛び出してきた二十歳前の室田は既にその界隈に幅を効かせて歩いていた。漁師の仕事を手伝っていたことの名残りで、体格は十分に出来ていた上に、これもやはり昔気質の漁師の気質をそのままに元来気性が荒かった。その上、都会の小悪党達とつるみ始めたことによって室田の性格は時間を追うにつれて粗暴そのものになっていった。 月岡は元々札幌に住んでいたようで、彼もまた線が細いながらも街のチンピラと付き合い、些細な悪事を働きながら生きる小悪党だった。スタイルの良い体に、巻き上げた金を注ぎ込んで買った最先端の衣服を纏うような洒落ものとして、やや目立っていたことを室田は覚えている。 狭い歓楽街の中、互いに顔見知り程度の間柄だったが、ある時、室田の耳には月岡のその噂が入ってきた。 月岡優は女に興味が無いらしい。 何せ20歳に足を踏み入れるか否かの世代ばかりが周りにいたから、風俗や女の話題には事欠かなかった。どこの風俗が安いだとか、あそこの歓楽街のレディースは股が緩いだとか、真偽は定かではない噂に振り回され、時に弄ばれる振りをすることそのものが楽しかった年代だ。その中で1人、色事に興味の薄い様子の男がいたのなら嫌でも目立つ。月岡は洒落ものではあったが決して美男子という訳では無い。女臭いという訳でも無い。喧嘩もそれなりに強いらしいが、概ね知力の方を働かせて生きているという月岡に、室田は始めから興味があった訳では無い。 1度男も試してみたい。 既に殺人以外の犯罪は一通り手を染めて強さを誇示し、どちらかといえば美丈夫と呼ばれる類の顔立ちをしていた室田は女には事欠かなかった。だが、風俗嬢やレディースと呼ばれている不良少女ばかりを相手にすることに飽きていた頃だ。疼く好奇心のまま、たまたま顔を合わせた月岡を誘ったのもまた真冬の季節だったことを覚えている。 月岡がどうして自分の誘いに乗ったのか。 理由を問わないまま30年が過ぎていた。だが、月岡と寝たことでーーほとんど室田の好き勝手に貪ったことで男の身体の良さを知った。流れる享楽の時間の中、自分の性嗜好に疑問や煩悶を抱くような時間は惜しかった。その後幾度か気ままな交わりを重ねるうちに、室田はやがて月岡の身体ではなく、何処か飄々としたあの男を自分の手中に納めたいと思うようになっている自分に気が付いた。 あの感情が芽生えなければ、あの独占欲を知らなければ、恐らく今の自分は今の場所には立っていないだろう。 細い月岡を引いているつもりで、実の所はその後を追い掛けていたのは室田の方だ。20歳を過ぎ、ある種の安定を求める為に市内でも有数のヤクザ組織である鳳勝会に入ると決めた月岡に、それでこそ男だと喜び肩を叩いたものの室田は後に続く形となった事実がある。 互いに横並びで30年。呆れるほど長い月日のその間、常に月岡が側にいた。 。❅°.。゜.❆。・。❅。

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