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新井くんの新しい朝①
《本日の飲み会は欠席致しますね。ぺこり。》と立て続けにグループメールに入っていたのに気付いたのは、飲み屋の席に着席して一分後だった。
『ごめんごめん。俺と淳平 、今回持ち込み禁止の試験多くて。飲んでる場合じゃなくなった』
島本 に電話をすると、悪びれている様子が全く感じられない声で返された。
「なんだよ! 俺メール来てんの気付かなくて、もう店来ちゃったし!」
『小牧 は行くんだからいいじゃん。二人で楽しくやれよ』
「お前さん、それマジで言ってんの?」
またねー、と一方的に電話を切られたのと、個室のドアが開いたのはほぼ同時だった。
「あ、お疲れ」
「……お疲れ様です」
俺は他人行儀な感じで入ってきた小牧に挨拶をした。
ちょっと気まずい。
小牧はマフラーとコートを剥ぎ取り「二人、来れなくなったみたいだね」と言って微笑んでいる。
あぁ、もしメールをちゃんと見ていたら絶対来なかったのに。
悔やんでも後の祭りなので、俺は仕方なく笑った。
「な。試験がヤバイとか言ってたけど、それだったら違う日に飲み直すんでも良かったのに」
「新井と二人で飲むのって初めてじゃない?」
「うん、そうだな」
「……」
「……」
はい、会話しゅーりょー。すっごく気まずい。
四人でいる時はだいたい、俺と島本、淳平と小牧のペアになるのだ。
島本は四人の中では一番のムードメーカーで話し上手。
淳平も島本ほどマシンガントークはしないけど、相手に話を振って喋らせるのが上手だから、会話はほとんど途切れないのだが……
小牧も俺もどちらかと言えば聞き役。そんな二人が一緒になったところで会話が弾むわけもなく。
「……」
「……」
「あ、小牧は何飲む? あ、今人気の、チーズダッカルビもあるってよ!」
「……ん、まずはビールでいっかな」
俺としてはバンジージャンプを飛ぶ時くらいに勇気を振り絞って提案をしてみたのだが、小牧の反応はいまひとつ。
一つのタブレットを二人で覗き込む。
小牧はその長くてすらりと伸びた美しい指先をスライドさせ、飲み物の他にも適当にシーザーサラダや軟骨の唐揚げなどをタップしていく。
小牧は深爪気味で、人差し指にささくれができていた。
絆創膏とかあれば貼ってあげたい。
決して、舐めてあげたいとか思ってないよ。決して。
「かんぱーい」
学生らしく、元気よく乾杯して液体を体に流し込む。けれどそんなに量は多くは入らない。
あぁ、この一口でベロベロに酔えたらどれだけ幸せだろうか。
そうしたら、この胸の高鳴りは酒のせいだって思えるのに。
「雪」
「……はいっ?」
急に振られたので、口から溢れそうになった液体をなんとか堪え、小牧の顔を見る。
「これから雪の予報だけど、帰り大丈夫?」
「あぁ、だって俺この近くだよ? どっちかっていうとお前の方が遠いじゃん?」
「うん、だから今日、淳平の家に泊めてもらうつもりで家を出てきたんだよね」
「……でも淳平は」
「無理だろうな。だからどうしようかと思ってる」
小牧はそれ以上は言わずに、俺の顔をじっと見る。エェー無理無理。こいつを家に泊めるだなんて。
きっと「俺んちに来ていいよ」と誘われ待ちしてるであろう小牧を無視して、唐揚げを口に放り込む。
お願いだから、そんなにじっと見つめないで。
ずっと好きなんだ、君のこと。
落ち着かない俺は、飲んでは食べての作業をロボットみたいに繰り返す。
お腹と胸がいっぱいになって口に物が入らなくなったら、しきりにおしぼりで手を拭いたり、意味もなく店のタブレットを弄ったりしていた。
その間、小牧が話してくれたのは淳平のバイト先にいる変わったパートのおばさんの話。
そのおばさんは占いにハマっているらしく、淳平も占ってもらったらしい。
「あなたは二年後に転機が訪れます。自分の進むべき道がきっと分かるはずですって意気揚々と言われたらしいんだけど、それって単に就職の話なんじゃねーのって淳平は笑ってた」
「確かにぃ」
そう相槌を打ち、さっき追加した白ワインを一口飲む。
そのまま沈黙してしまったので、失敗したな、と思った。あぁ、島本だったらこの話をもっと面白おかしく広げられただろうに。
どうして俺はバサッと切り捨てるような返ししか出来ないのか。
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