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新井くんの新しい朝②
外に出ると、粉雪が舞っていた。
色の濃くなったアスファルトの上に次々と雪が染み込んでいく。
しんしんと、ってこういう事を言うんだろうな。
しめやかに。ひっそりと。
「これくらいだったら電車も問題ないよな。小牧、また大学で」
小牧にこれ以上痴態を晒したくなかったし、俺の家には来て欲しくなかったのですぐに手を振った。すると小牧はパチパチと瞬きを繰り返す。小牧の長めの睫毛を雪が濡らした。
「そんなに、俺といるのヤダ?」
「はっ?」
「いや、なんか新井、俺をなんとしてでも帰らせようとしてるでしょ」
「だって電車止まっちゃったらヤバイじゃん」
「新井の家は?」
射抜くような目で言われてぎょっとする。
俺は即座に首を横に振った。
「無理、俺んち今、超汚い」
「気にしないよ全然」
「いや、ほんとーーに無理。あ、そういえば今、弟が泊まりに来てんだよね」
「じゃあご挨拶しなくちゃ」
「……お、俺んち来ても、何もないし」
「いいよ、適当に床で寝るだけだから」
なんなんだよこいつは。なんで話のつまらない俺とわざわざ一緒にいようとするんだよ。
「ほら、行こう」
なぜか俺よりも先に歩き出してしまう小牧。
唖然とするって、こういう時に言うんだろうな。
呆気にとられる。ぼんやりする。
家に着いてからも特に弾むような会話はなく。
少し開けたカーテンの向こう側で斜めに流れる白い粒を時折見ていた。
「ここは、住みやすい?」
テーブルを挟んで斜め向かいに座る小牧に問われ、俺はそっちをわざと見ないようにしながら頷く。
「普通じゃね。周りもほとんど学生だよ」
「フゥン。じゃあ俺、引っ越してこよっかな、隣に」
「はい?」
「隣空いてたじゃん。101号室」
「絶対にやめて」
「そんなに嫌なの、俺が来んの」
「もあるし、昼間は向かいの家に隠れちゃって日当たり悪いよ」
小牧といたくないっていうのを隠すの、止めた。無理。俺の居住スペースに君がいるなんて直視出来ないです。居心地の悪さを感じながら、俺はもう眠いフリをしようかとスプリングベッドの縁に背を凭れ、腕組みをして目を閉じた。
「寝るの?」
そんな残念そうに言われましても。
俺の目が開いてようが閉じてようがあんまり変わんないじゃん、会話無いんだから。
「新井ぃ。新井クーン」
なんだよその言い方は。
やめてよ。ペットとか赤ちゃんを呼ぶ時みたいに優しく言うの。そんな可愛い声聞けて顔が綻んじゃうだろ。
目蓋を持ち上げると、思いの外小牧の顔が目の前にあったので俺は文句を言った。
「あの、近い」
「嫌なんですか」
「やだよ。超近い。無理」
「このくらいは?」
「あんま変わってねーよ。もっと離れて」
「……」
「様子伺いながらやってんじゃねーよ。さっきより近付いてんだろ」
「……」
「だから、様子伺ってんじゃ」
「新井くん、この間俺とキスした時から、俺のことずっと意識してるでしょ」
冷や水を浴びせられたような気分になるって、こういう時に言うんだろうなぁ。
「してません」
「嘘だ。文芸サークルの飲み会で王様ゲームやった後から、俺達あからさまに喋んなくなっちゃったじゃん」
「前から君とは会話が弾みませんでした」
「だって前は俺と君、島本と淳平ってペアでよく行動してたじゃん」
「そうでしたっけ、はて」
「じゃあ嫌いになっちゃった?」
「うーん、どうでしょうか」
「好きになったでしょ」
「なってません。あと、近い、離れて」
もうこれ以上は、無理……。顔から火が出る。
どんどん小牧の顔が迫ってきて、次の瞬間、唇と唇が触れた。
小牧が最後に飲んでいたサワーの味がして、ほのかにピンクグレープフルーツの甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。
頭の中が炭酸水みたいにパチパチと弾けている。
ゆっくりと顔が離れていって、小牧の大きな手に俺の後頭部が包まれた。
「逃げなかったって事は、そういう意味と捉えていいですよね」
疑問形ではなく、肯定するように言う小牧の声はどこか熱っぽくて、それだけで体温が急上昇する。俺は平然を装いながら首を横に振った。
「いや、今のはちょっとボーッとしてたんです。事故だ、事故」
「そろそろお互い、素直になりませんか」
「ところで、なんで俺達たまに敬語で喋ってんの」
「照れてるからじゃないでしょうか」
「小牧、照れてるんですか」
「照れないバカがどこにいるの。好きな人とまたキスできたっていうのに」
……その後のことは、断片的にしか覚えていない。
その台詞の後、背骨が折れるかと思うぐらいに抱きしめてきたのは小牧。舌を恐る恐る絡ませに行ったのは俺の方だっていうのは明確に覚えている。
途中まで笑いながら体を触り合っていたが、快楽の波が押し寄せてきて、笑っていられる余裕はなくなって。両足の間を舐めようとしてきたから、それにはさすがに笑って小牧の腹に蹴りを入れたけれど。
双眸から雫を弾けさせながら何度目かの絶頂を迎えた後、俺たちは泥のように眠った。
「新井、見て。積もってる」
ベッドに寝そべったまま窓の外を見ると、結構な積雪だった。
こっちに来てから初めて見た。初めて、好きな人と一緒に雪を見た。
まるで鉛が入ってるような体を動かして、座っている小牧の背中にピッタリと頬を付ける。
微睡む。朝。雪。ふたりの体温。しあわせ。
思いついた単語を、口の中で呟く。
「今日も泊まっていこうかな」
「うん。そうすれば。ていうかやっぱ、隣の部屋に越してきてもいいよ」
「それ、本気で考えておくからね」
あぁ、とりあえず、雪よ。
あと二週間くらいは、降り続けてくれ。
end*
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