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第1話

 最悪だ、最悪だ、最悪だ。 「くそ、なんでこんな日に……!」  視界を遮るように降り続ける雪に、何度も何度も悪態をつく。そんなことをしたって無駄だとわかってる。それでも声に出さずにはいられない。悔しくて泣いてしまいそうだ。  走っても走っても全然進んでいる気がしないし、冷たい空気を吸い込みすぎて鼻も喉も痛い。雪の当たる顔も耳も千切れそうなほど痛くて、それでも変わらない景色に、まるで悪夢でも見ているかのよう。  なんで今日に限ってこんな大雪なんだ。  今日は、俺、篠目(ささめ)雲雀(ひばり)にとって、とても大事なデートの日。  風花(かざはな)深雪(みゆき)。同じ大学の、映画サークル仲間。男だけど非常に美人。クールビューティー。  艶やかな黒髪と涼し気な目元、すらりとしたスタイルの良さは飾らない分素材の良さが強調されて綺麗な印象を際立てている。かといって女性的なわけではなく、とにかく雰囲気が上品で、かっこいいというよりかはやっぱり綺麗とか美人という言葉が似合う感じと言えば伝わるだろうか。  同じ年だと思えないほど落ち着いていて、いかにもチャラい大学生と評される俺とはとにかく正反対の存在で、最初は合わないだろうなと思っていた。  だけどそれほどノリは悪くなく、話しかけられれば普通に話すし、なんとなくで所属した俺とは違って映画のことにちゃんと詳しくて第一印象とは違うなと思ったのが引っかかり。  その後なんとなく観察していると、一人でいることが多いということに気が付いた。元々近寄りがたい雰囲気ではあるけれど、それにしたって仲間外れという感じではなく、本人が一人を選んでいる感じだった。付き合いが悪いとは違う、けれど誰の誘いにも乗らない、そんな存在。  それが気になって、同じ講義を取っている時には隣に座るようになった。不思議そうな顔はしていたけれど、離れるわけでもなく嫌がるわけでもなく。  そして並んで気づいたのは、ノートを取る字の綺麗さ。それを書く人間の性格を表しているような丁寧な字で、それを見た瞬間「好きだ」と思ってしまった。なんでそんなことで、と思われるかもしれないけれど、好きになるきっかけなんてそんなものじゃないだろうか。  とにかくそこから猛アタックを繰り返し、つれない様子にめげずに断られても断られても誘い続け、そしてやっととりつけた初めてのデート。それが今日。  天気予報じゃ朝から雪がチラつくと言っていて、なんていいシチュエーションだろうとテンションが上がっていた。  でも逆にそれを心配したらしい風花は今日はやめようと連絡してきたけれど、これでやめたら次はない気がして俺が押し切った。雪の中のデートなんてロマンチックだと思ったんだ。それに場所は映画館だし、多少の雪じゃ関係ないと思ったから。  なのによりにもよって今日は、近年で一番というほどの積雪っぷりだった。朝はそれほどでもなかったというのに、待ち合わせ時間が近づくにつれ雪が強まり、最終的には電車が止まって歩くしか手段がなくなった。  本来は早くに着いてチケットもポップコーンも全部用意しておくくらいの意気込みでいたのに、なんでこんなことになってしまったのか。  そんなに俺と風花は相性が悪いというのだろうか。  あまりにありえない事態に世界中に否定されているような気までしてきた頃、やっと映画館が見えた。そして入り口には遠目でもわかるスタイルの良い人影が。  まさかこの寒さの中、外で待っているとは思わず最後の力を振り絞って全力で走る。大きく手を振ると、向こうもこちらに気づいたようだ。  紺色のコートと同じ色のニット帽は、地味だけど着ている人のおかげで妙におしゃれに見える。 「ごめん、風花! 遅れ……」 「ごめん」  吸い込んだ冷たい空気でむせそうになりながらも思いきり頭を下げれば、それにかぶせて風花の声が降ってきた。  その言葉に驚いて、顔を上げて見てみれば、なぜだか風花がものすごく落ち込んだ顔をしている。なまじ顔が綺麗な分、ひどく深刻な表情に見える。

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