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雪虫
頭の下の氷枕の心地良かった氷の音は消えて、チャプチャプと水音がする。カーテンの外側はすっかり明るくなっていて、あれほど暑かった布団の中は適温になっていた。沈んでいた身体は幾らか軽くなっている。酷かった頭痛も遠退いたようだ。微睡みすら気持ちが良くてゆったりと寝返りを打つ。しかし、傍らにあったはずの少しの寝苦しさがなくなっていることにハタリと気づいた僕は跳ね起きる。
慌てて上着を羽織って室内を探し回ると、キッチンには甘い粥の香りが立ち込めていた。まだ湯気を立てている鍋に蓋をするのも忘れて食らいつくように玄関の扉を開け放つと、外は一面真っ白になっていた。全てを覆うように降り積もった雪の上に、僕の部屋から去っていく足跡が一筋まだ新しく残っている。
僕は、彼が誰なのかを知らない。名前すら知る事のできない彼は、こうして僕が患った日の夜中に現れ、霞んだような面影と生々しい感触と、存在していた確かな痕跡だけを残して、まるで熱に浮かされてみた夢現のように次の日には追う間もなく消えてしまうのだ。
顔の近くをふわふわと白い粒が漂う。また雪が降ってきたのかと舞い落ちるそれを掌に受け取ると、それは小さな小さな雪虫だった。
END
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