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【番外編】伴侶×風呂場=のぼせる
生まれ育った世界と、オーギュスタンのいる世界を行き来するようになってから少しが過ぎた。今日も俺は自分ん家の風呂場を通じてオーギュスタンと夜が待っている場所へと帰る。
水飛沫をあげ、勢いよく湯舟から顔をだす。
濡れた服の抵抗を感じながら膝をつくと、湯気の立ちこめる浴室を見渡そうとした。けど顔をあげてすぐに黒曜石の瞳と目が合って、そのまま呼吸を忘れる。
「ハルト……? 戻ったのか」
艶めいた闇色の髪からぽたぽたと雫が落ちている。突然現れた俺に驚いた様子だったオーギュスタンの目元が、ふっと和らいだ。
「どうした?」
なんの反応も返すことができずにいると、オーギュスタンの眉が不審そうに寄せられる。それにハッと我を取り戻すけど、手を伸ばせばすぐ届く距離に筋肉質な肢体を認めて、息を飲んだ。
じわじわと顔を赤らめながら俯くと、大きな手のひらが伸びてきて頬に触れる。
「まさか照れているのか」
オーギュスタンは不思議そうにつぶやいて、おかしそうに笑う。
「もう何度も見ているだろうに」
「~~うう」
その一言に顔面を覆いたくなる。
確かに、初対面はお互いに裸だった。そのあともオーギュスタンの裸を目にした記憶がある。けどそのとき俺は圭太のことが好きだったし、オーギュスタンをそういう対象としては見ていなかったから特に心を乱すこともなかった。
でもその時と今じゃ状況がちがう。あれから俺たちの関係も変化している。
特に、オーギュスタンと本当の意味で伴侶になってモニョモニョしてからは過剰なくらい意識してしまっていた。正直、照れるなというのが無理な注文だと思う。
「いや……だって明るいし、近いし……やっぱり恥ずかしい」
言い訳を並べながらじりじりと距離をとろうとしていると、頬に触れていた手が肩から腕へと落ちて、逆に引き寄せられる。
「わっ」
「なぜ逃げるんだ?」
「や……なんか入浴の邪魔したみたいだし、出てくよ。オーギュスタンはゆっくりしてて」
「邪魔なんかじゃない。どうせ濡れているんだ、お前もこのまま一緒に入ればいい」
「いやいやいやっ」
俺、恥ずかしいって言ったばっかりだよな?
服も着たまんまだし、目の前には裸のオーギュスタンがいるし、この状態で風呂に入り続けるとかハードルが高すぎる。ちょっと落ち着かせてほしい。
そう願っているのに、オーギュスタンはなぜか俺の服を脱がそうとしてくる。
「!? 待って待って待って」
「ハルト。両手をあげてくれ」
ストップをかけるけどオーギュスタンは気にとめた様子もなく、まるで幼い子供の手伝いでもするように指示をだしてくる。それがあんまりにも自然で、つい言われるがまま従いそうになってしまった。
「じゃなくて!」
「なんだ、服を着たまま入りたいのか?」
慌てて自分を取り戻した俺は流されまいと必死になるけど、澄んだ瞳で首を傾げられて脱力する。
「そうでもなくて……」
結局あっさりと身ぐるみを剥がされてしまい、お湯を吸って重たくなった部屋着が浴槽の外に放り投げられた。
後ろから抱きしめられるような形でオーギュスタンの腕の中におさまると、どうしてこんなことになってしまったんだと項垂れる。
どう見てもさっきから事態が悪化していた。
いや、オーギュスタンに触られるのは嫌じゃないしむしろ好きなんだけど、好きだから余計に困るというかなんというか。
「……っ」
密着する素肌に激しくなる胸の鼓動。どうしようもなくてカチコチに固まっていると、オーギュスタンの頬がこめかみに擦りつけられた。
「会いたかった」
「!」
ぽつりと切なげに囁かれて、心臓が止まりかける。
このタイミングでそういうこと言うの、本当に狡い。これ以上逃げようなんて考えられなくなってしまう。
「……お、俺もオーギュスタンにあいたかった」
そう、消え入りそうな声で伝える。
昨日別れたばかりの俺でも次に会えるまでが待ち遠しくてたまらなかったのに、時間差のあるオーギュスタンはそれよりももっと長い時間を待っていたんだ。
そう考えると、多少の恥ずかしさくらい我慢しようと思えてくる。
「オーギュスタン。俺がいないあいだなんも変わりなかった? 体調崩したり、怪我したりしてないか?」
「ああ」
「夜も?」
「大丈夫だ。よく寝て、食事もしっかりとっている」
やわらかく微笑まれて安心した。全身から余分な力を抜いてオーギュスタンに背中を預ける。そうして、腹に添えられた大きな手に自分の手のひらを重ねた。
どうしても埋めることのできない時間の差をもどかしく思う。
しばらくの辛抱だと自分に言い聞かせながら、オーギュスタンを握る手に力をこめる。すると、俺が掴んでいる方とは逆の手で顎をとられ、天井を仰ぐように上を向かされた。
静かにこちらを見下ろす黒曜石のような丸い瞳。うっかり見惚れていると、唇に柔らかい感触が与えられる。
軽く啄んでから離れるそれを引き留めるように、オーギュスタンの髪に触れた。すると、ふっと口許が緩められまた唇が落ちてくる。
ちゅ、ちゅと吸いつかれて舌先が触れあう。途端、ぞくりとしたものが背筋を駆け上がった。
「……っ」
口づけを交わす度に胸の内が満たされていく。夢中になっていると、だんだん頭がぼんやりとしてきた。
あ、やばい――のぼせそう。
このままじゃ不味いとわかっているのに、自分から離れることはできなくて。確か以前にも似たような経験をしたなと記憶を辿っていると、オーギュスタンの唇が離れて、向かい合うように体をひっくり返された。
あれ? とまばたきを繰り返していると、俺を抱く腕に力が込められてオーギュスタンが立ち上がる。
「!?」
突然抱き上げられたことに目を白黒させて動揺しているあいだに、オーギュスタンは浴槽から出て浴室をあとにした。
「そのままじっとしていろ」
「うん……?」
運ばれながら大人しくしているように言われて従うと、カウチに下ろされる。
もう少しでまたのぼせるところだった。
火照った頬を押さえていると、水の入ったグラスを片手にオーギュスタンが俺のもとへ戻ってくる。ありがたく思い水を受け取ろうと手を伸ばすけど、オーギュスタンはそれを俺に手渡すことはせず自分で煽った。
あれ? 俺のじゃなかった……?
恥ずかしい勘違いにガッカリしていると、唐突に顎を掴まれて口づけられる。そのまま水を流しこまれて大きく目を見開く。
「!? ん……、んう」
びっくりしてうまく飲みこめず溢した分を指で拭われる。なんとか口の中を空にすると、唇を離したオーギュスタンにまだいるかと問われ、咄嗟に首を横に振った。
思わず濡れた唇に目が吸い寄せられる。
「そのまま少し休んでいろ」
ふわりと肌触りのいい布をかけられて、オーギュスタンが隣に座る。だけど俺はさっきの衝撃から立ち直れずにいた。
う、うあああぁ。なに、今の? 刺激が強すぎる……。
言葉にならない悲鳴をあげながら顔面を両手で覆う。
オーギュスタンといると心臓がいくつあっても足りそうにない。すでに風呂から出ているにも拘わらず、俺は再びのぼせてしまいそうだと思った。
おわり
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