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サイドストーリー1 チェリーフレンズ(5)

僕はユキを残し、レオの前に出た。 「なんだ、お前。部外者はそこでおとなしくすっこんでいろ!」 レオの怒鳴る声。 「もう、そこまでにしなよ。レオ」 僕は落ち着いた声でそう言った。 あぁ、なんだか僕の声じゃないみたいだ。 ふふふ。 どうしてだろう? こんな時なのに、ちょっと笑ってしまう。 僕はレオと対峙する。 レオの子分たちがざわざわとし始めた。 何かいつもと違う空気を感じたのだろう。 「ほぅ、俺とやるっていうのか」 レオの凄味を利かせた声。 僕を睨みつけている。 「そのつもりだよ」 僕は間髪入れずに答える。 体格差は歴然。 レオは構える。 僕は棒立ち。 でも、レオの額には汗が滴り落ちる。 ぽたっ、ぽたっ。 汗で地面にシミをつくる。 レオは息が荒くする。 はぁ、はぁ、はぁ。 レオは言った。 「なんだ、お前。いったい、何者だ?」 「あれ、レオ。僕の顔を忘れたの? 僕のこと可愛いって言っていたよね」 「そんなこと聞いているんじゃねぇ。お前は……」 僕は一歩前に進んだ。 それに合わせてレオは一歩後ずさる。 「もっ、もしかして、お前は……」 レオは何かに気が付いたようだ。 「兄貴、こいつやべえぞ。こいつはあれだ」 僕とレオのやり取りを見ていた子分たちも、何かに気が付いたようだ。 「あぁ、分かっている。にっ、逃げるぞ」 レオは、慌てふためいた。 「レオ、もう二度とここへはこないように、いいね」 僕の言葉に、レオとその子分は 「分かりました!」 と叫びながらその場を去っていった。 僕は、ふぅ。とため息をついた。 「リク君、大丈夫?」 僕はリク君のズボンを上げて、身なりを整えてあげる。 「はい、ありがとうございます。それよりユキさんが……」 ユキの方を見る。 重症だけど、息はある。 大丈夫。 ユキが僕に託した言葉は、リク君のこと。 だから、こっちが優先なんだ。 「大丈夫。ユキは僕がちゃんと看るから」 「でも……」 「ほら、お家の人、あそこで手を振っているよ」 僕は、公園の奥の入り口にいる人を指さす。 「おーい。リク! 戻っておいで」 ちょうど、リク君を呼ぶ声がした。 「ね。リク君、頑張ってね!」 「はい。分かりました」 リク君は僕に深々とお辞儀をすると、ユキの傍らに跪いて唇にチュッとキスをした。 何か言っているようだ。 きっと、「ありがとう」に違いない。 そして、リク君は、声のした方へ走っていった……。 ユキをそっと抱きかかえようとしていた。 その時、ユキが目を開いた。 「めぐむか、リクはどうなった?」 「うん。ユキを心配していたけど、無事に行ったよ」 「そうか。ありがとな。うぅ、いたたた」 ユキはホッと安心した顔をしたのもつかの間、痛みで顔を歪める。 「大丈夫? ユキ」 僕はユキの顔を覗き込む。 「俺はダメかもしれない。 ちくしょう。体中、ボロボロだ……」 「カッコよかったよ。そして、よく頑張ったね」 僕はユキの頭を撫でた。 そして、言った。 「シロ……」 ユキは目を見開いた。 暫し沈黙。 「知っていたのか? めぐむ。俺がシロだって」 ユキ、いやシロは言った。 「うん。最初はわからなかったんだけどね。でもすぐにシロだって分かったよ。だって親友じゃない? 僕達」 シロは愉快そうに笑った。 「ははは。そうか、いてて。でも、俺はここで死ぬんだ。サヨナラだな……」 「シロ、もうしゃべらないで」 僕はシロを自分の胸の抱きかかえた。 大事な宝物のように。 あの後、僕はシロを抱いたまま急いで動物病院に駆け込んだ。 両親にも話をして、一時的に僕の飼い猫ということにしてもらった。 幸運にも、シロの命に別状はなかった。 猫同士の喧嘩だ。 きっと、よくあることなんだと思う。 でも、その喧嘩に割り込んでいった僕って、ちょっと大人げなかったかもしれない。 最初は見届けるだけ、のつもりだった。 でも、シロのあんな美しい姿を見てしまったら、もう放ってはおけない。 なんてたって、僕とシロは親友なのだから……。 レオとその子分には悪いことしたかな。 そう思ってクスっと笑った。 その後、シロはどうなったかというと、しばらくの間、僕の部屋にいた。 でも、ある日、忽然と姿を消した。 それは突然だった。 でも、僕は全然悲しくない。 また、あの公園で会えるんだ。 僕はそう思い、シロのケガが一日も早く治るのを心から願った。 そして季節は移る。 夏の暑い真っ盛り。 僕は、夕方、日が陰るのを待ってチェリー公園にでかけた。 街灯にちょうどライトが灯った。 僕はベンチに座りライトに群がる虫をぼんやりと眺めていた。 そこへ、繁みから、シロが飛び出してきた。 僕の方へ歩みよってくる。 しっかりとした足取り。 ケガは完治しているようだ。 僕は手を挙げて話しかける。 「やあ、シロ。もうだいぶ良くなったみたいだね」 「にゃー」 「え? なに? イカ焼きはないのかって? ないよ、もう。心配しているのに」 シロは、鳴きながら、僕の足に身体を擦り寄せた。 「そういえばさ、シロにまた報告があるんだ」 僕は、シロを抱え上げ、膝の上に置く。 そして、体を撫でてあげる。 シロは気持ちよさそうな表情を作る。 僕は、今日、どうしてもシロに話したいことがあった。 「ねぇ、シロ」 「にゃー」 「え? はやく言えって? もう、あせらないでよ」 僕は息を整える。 そして、僕はシロの両脇を抱え上げて円らな瞳を見つめる。 「実は、僕は雅樹と、雅樹は彼の名前だけど、ついにエッチしたんだ。うふふ」 「にゃー」 シロが答える。 「ありがとう。ついに僕はシロを追い越したね。ははは」 「にゃー」 「えっ? リク君とはあの時すでにエッチしていたって? うそ!」 僕は、シロの頬を軽くつねる。 「どうして、もっと前に僕に言ってくれなかったのさ!」 僕はシロの額に自分の額を付けた。 「僕たち親友でしょ!」 それにしても、本当に元気になってよかった……。 また、シロといろいろな話ができる。 嬉しい。 僕はいやがるシロに無理矢理キスをした。 「ふふふ。いいでしょ。親友なんだからさ!」 シロは目を逸らす。 なんだよ。もう! 僕は、いーっという顔をした後で、心から笑った。

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