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第九章・16
「じゃあ、指輪を見に行く前に……」
「はい?」
「コーヒーを一杯いただこうかな」
「はい!」
郁実が、慣れた手つきでミルを引き始めた。
芳しい香りが、店内いっぱいに広がる。
軽やかなジャズが、響く。
「ああ、幸せだな~」
今度は、婚約発表の記者会見か。
また、大騒ぎになるだろうな。
「何か言いましたか?」
郁実が、笑顔をくれる。
「幸せだな、って言ったんだよ」
「……僕もです」
二人は、そっと辺りを伺った。
スタッフの眼を盗んで、短いキスをした。
コーヒーの香りに包まれた、素敵なキスだった。
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