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第10話 近衛の少将は鮮やかに染まる

「……ああぁ……!」  昂った情欲が白磁の肌に朱を挿し、艶やかな色香へと変わっていく。  青い葉が時期を迎えて見事に紅く染まるように、緋立の肉体は甘く熟れて男を誘う。中納言はゆっくりと動き始めた。 「……三条の伯父が入内の準備を進めている。どうやら近々娘の一人を昭陽舎に送ることになりそうだ」 「な……ぁあッ、あ……」  昭陽舎とは東宮が住まいする御殿だ。そこへ今の左大臣である、三条藤原家の姫が入内する。  その言葉の中身を噛み締める暇もなく、身を穿つ楔に緋立は翻弄され始めた。  絡みつく媚肉を振りほどいて、中納言の雄々しい逸物が中を掻き回す。じりじりと高められていた熱が一気に燃え上り、腹の奥底から脳天に向けて襲い掛かってきた。 「ひ、ぃ……ッ、アッ、アッ、アッ、ア――ッ……!」  足が震え、抑えきれぬ嬌声が緋立の口から迸った。  恋の駆け引きに長けた中納言は、吉野の山が色を変えるよりも早く、緋立を染め変えてしまった。  初めは東宮の正体を探られぬために嫌々応じていたのに、今では中納言の訪れが待ち遠しい。  襟の袷から滑り込む手に、乳の薄い肉を抓まれるのが気持ちいい。脇腹と臍をくすぐりながら下りた手に、雄芯を愛撫されると直ぐに息が上がる。物慣れた中納言に踊らされて、忙しなく袴の紐を緩めるのはいつも緋立の方だ。  油を塗した指を尻に呑み込み、くちゅくちゅと音を立てて中を解されるうちに、緋立の屹立は潤みを帯び始める。中納言の手は男の部分もたっぷりと可愛がってくれるが、法悦を極めさせてくれるのは尻の中でだけだ。  中納言は緋立の肉体をすっかり色好みの『女』に変えてしまった。 「次の除目は動くぞ」  律動を刻んで緋立を悲鳴させながら、中納言は野心滲む声で宣言した。  現在東宮の側に侍るのは、元内親王の東宮妃と右大臣家から入内した女御の二名だけ。折しも今上帝の体調が思わしくなく、帝位の交代も近いのではないかと密かに言われる昨今だ。  左大臣家の姫がそこに入るとなれば、宮中の勢力図は大きく動くことになるだろう。  来る冬の除目では、左大臣家縁の官吏たちに要職が充てられることになる。――おそらくは左大臣の甥である玄馬にも。 「貴殿のことも推挙しておく。此度が無理でも、次の年の除目では黒い袍が必要になるだろうよ」 「ア……ア、アア、ア――――……ッ!」  ついに膝が崩れて、緋立は中納言の胸の上に突っ伏した。  溢れ出た快楽の蜜が中納言の衣を濡らしていくが、男は上等の絹が汚れることなど意にも介さない。若い情人が身も世もなく乱れる姿を見るために、ますます突き上げを大きくして緋立を責め立てる。  堪らず、上擦った絶頂の声が緋立の喉から迸った。 「……い、いぃッ……い、くぅ――ッ……」  中納言が持参した黒の絹は、束帯の袍に用いられる固地綾で織られていた。  五位の少将である緋立の袍は緋色だ。黒の袍が許されるには、四位以上の位階が必要となる。――中納言は房事の見返りに、いずれ遠からぬうちに四位の身分に引き上げてやると言っているのだ。 「もぅ……もう逝く、逝ッ……、ァアアア――――……ッ!」  腹の底から駆け巡るうねりが、緋立の思考を焼き尽くす。  白い肌に血を昇らせて乱れる緋立を抱き留めて、逃げ場をなくした体の奥に、中納言は欲望の証を叩きつけた。  情事の後の気怠い体を起こして、緋立は衣服を整える中納言を介添えした。  束帯は一人で着られるものではない。対の屋の近くは人払いをしてあるので、事後の衣服を整える役は緋立以外に務める者がいなかった。  床に膝を突いて身支度を手伝っていると、男を通わせる女にでもなった気分だった。  身体の芯には深い恍惚の余韻がまだ残っている。異物を呑み込んでいた下の口は熱を持って痺れ、まだ何か含んでいるような違和感があった。  ――中納言は情を交わす相手としては悪くない人物なのだろう。  着替えを手伝いながら、緋立は思う。  閨の導きは巧みで、緋立はいつも翻弄されるが無体を働かれることはない。歌や贈り物も惜しまぬし、睦言は甘く情が籠っている。身分に応じた見返りも期待できる。  けれど――。  身体を交わした後はいつも虚しい。本当に肌を合わせたい相手は別なのだと思い知らされた。  ふと手が止まってしまった緋立に、中納言は顎を持ち上げて自分を見上げさせた。 「ところで、我が恋敵はあれからこちらを訪れているのかな」  冗談めかした口調で尋ねる中納言に、緋立は苦笑いをみせた。 「いらしていたらお気づきでしょうに」  物忌や方違えの日を除けばほとんど毎日のように押しかけてくる中納言に、緋立はチクリと嫌みを返した。  白い肌には中納言が残した愛咬の跡が消える間もなくつけられる。これでどうやって他の男を通わせることができるというのか。  もしも東宮が訪れたとしても、緋立は拒むことしかできないだろう。  東宮の手がついた身を他の男に委ねたと知られれば終わりだ。九重の一族は文字通り破滅し、下手をすれば中納言も無事では済むまい。  ――このまま忘れ去ってくださればよい。  満足した様子で屋敷を後にする情人を見送りながら、緋立はそう願うしかなかった。  中納言を載せた牛車が門の外に消えるのを待って、緋立は西の対の屋に戻った。  今宵は明神の祭日だ。身を浄めて装束を改め、姿を現さぬ明神を迎えるために『龍田』へと姿を変えなければならない。  部屋に戻った緋立は、汚れ物を部屋の隅に追いやって、姫装束を抱えた隼人がやってくるのを待った。  手持無沙汰に待っていると、視界の端に中納言が置いていった包みが入った。  緋立は手を伸ばして、膝の上に反物を広げてみる。  さすがは藤原家の用意した品だ。染料を惜しみなく使った深い紅に、精緻な蝶の大紋が見事に舞っている。贅沢で手の込んだ品だ。今の時期に合わせるならば黄に蘇芳、紅の濃淡と常葉色か。染まりゆく山の彩りを身に纏えばさぞかし美しかろう。  幼い頃から姫君姿で過ごした緋立にとって、織物は心を華やがせる品物だ。確かにこれほど美しい絹ならば、浮世を捨てて仏門に降ろうという姫君さえ、現世に未練を残すかもしれない。  そう思いつつ、反物を肩にあてて暫しこの世の憂さを忘れようとしていた緋立の元に、硬い表情の家令が急ぎ足でやってきた。  両手に捧げ持っているのは姫装束ではなく、脚付きの台に載せた書状だ。  目の前で威儀を正したその姿に、背筋を冷たいものが走った。――またも、東宮から令旨が下されたのだ。  恐る恐る手を伸ばして折りたたまれた書状を広げ、内容を確かめた緋立の口から、絶望と困惑の入り混じった呻きが零れ出た。  令旨には東宮の手蹟で、『龍田の君を入内させよ』との命が記されていた。

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