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謎① 嫉妬深いレディ
自分がどんな人物かを一言で表すと、『暗い』だと思う。
あからさまなイジメとかはないけれど、ぽつんとしていることが多い。
バスの窓枠に少しもたれて、乗客の様子をぼんやり眺める。
ほとんどが、俺の通う都立三鷹野 高校の生徒だ。
スマホをのぞき込んで楽しげに話す女子グループや、テニスラケットのバッグを背負う男子3人組。
隣に座っている男子は、ひざの間にギターケースを挟んで、耳にイヤホンを突っ込んだまま目をつぶっている。
窓の外に、葉桜が揺れているのが目に入った。
4月も半ば。
2年生に上がり、新学期の浮ついた雰囲気はもうないのに、俺は全然なじめていない。
――次は、三鷹野高校前、三鷹野高校前
プシューッという音とともにドアが開いて、ぞろぞろと人が降りていく。
少しもたついた俺を、ギターのひとがチラッとにらんだ。
焦って通路に出た俺は、ちょびっと頭を下げて、先を譲った。
リュックのように背負われた黒いギターケースを見つめながら、思う。
夢というのは、あんな風に分かりやすいものだけじゃないし、キラキラしたひとしか持っちゃいけないわけでもないはず、なんだけど。
バスを降りて校門へ歩き出すと、後ろから、女子の声が聞こえた。
「しんばせんせーい!」
のろのろ歩く俺を追い越して走って行く。
行き先を見ると、スラッとした男の先生を、女子の先輩数人が囲んでいた。
ジャケットの袖を引っ張る女子に振り返った先生の、笑顔の横顔がのぞく。
相談室の先生だ。
今年赴任してきたばかりだけど、優しくてかっこいいと、早くも女子に人気らしい。
ああいうひとは、他人とロクに会話もできない俺とは、住む世界が違うなと思う。
昼はいつも通り、ひとりで食べた。
そして、みんなが話やスマホに夢中になっていることを確認し、ノートを取り出した。
大学ノートのとじしろを上にして開くと、縦書きになる。
ペラペラとめくり、きのうの続きのページを開いた。
俺は、小説を書いている。いまは、怪死専門の私立探偵の話だ。
雑居ビルに事務所を構える彦星 零士 のところへ、親を亡くした中学生がやってきた。
警察は自殺だと断定したが、納得行かない少年は零士に助けを求める。
そして零士は、哀れな少年にひと肌脱ぐことにした。
そんな大事なシーンなので、きょうは特に、集中して書いていて……それがいけなかった。
「泣くのはやめたまえ、光太郎くん。だってさ!」
「えっ?」
びっくりして顔を上げると、男子3人が、俺の机を囲んでいた。
フリーズしている間にも、俺の書いた文が読み上げられていく。
「君の悲しみは解る。だが、泣いても親は帰って来ない。お父上は、そんな情けない君の姿を見たくは……」
3人ともゲラゲラ笑っていて、他の男子も、面白いことを嗅ぎつけたように、次々とこちらへ近づいてくる。
読まれたくなくて、さっと腕でノートを隠したけど、ノートは無理矢理取られてしまった。
「あの、返して……」
弱々しく言ってみても、聞いてもらえない。
「えぐ、えぐ、と嗚咽を漏らす光太郎の背を、零士は、そっとさすった。光太郎は、父の温かな手を思い出し……」
死んでしまいたいくらい、顔が熱い。
爆笑する男子に囲まれ、うつむきながらひざのうえの両手を握りしめた、その時。
「おや、いい話」
後ろの方から、誰かの声。
振り向くと、廊下からひょっこりと、相談室の先生が顔を出していた。
「それ、誰が書いたの?」
笑顔でスタスタと教室内に入ってきた先生を見て、気まずそうにする男子たち。
先生は俺を見下ろして言った。
「君かな? 書いたの」
「……はい」
先生は片手でスッとノートを取り、俺の前に差し出した。
「よく書けてるね」
にっこりと笑う先生。
まさかそんな言葉をかけられると思っていなかった俺は、ドキドキしたまま固まってしまった。
ややあって、我に返る。
俺は慌てて頭を下げて、ノートを受け取った。
先生は、読み上げていた男子の方へ向き直る。
「彼、嫌がっていたんじゃない?」
優しく問いかけられると、ひとりがバツが悪そうに頭をかいた。
「すいません、ちょっとからかいました」
「ひとが嫌がっていることをしてはいけないし、努力して取り組んでいることをからかうのは良くないよ」
そう言って先生は、怒るわけでもなく、優しく諭す。
仲裁はありがたい。けど、注目を集めるのが恥ずかしくなってきた。
「先生、もう大丈夫です」
ノートを抱きしめてつぶやくと、先生は微笑んでこくりとうなずいた。
「じゃあ、これで終わり。もう予鈴が鳴るから、みんな席に戻って」
それぞれ小さく返事をして、すごすごと自分の席に戻っていく。
俺もノートをしまって軽く頭を下げると、先生は、首から提げたネームホルダーをちょんちょんと指差した。
――スクールカウンセラー 新葉 薫
「放課後、相談室へ来ない? できればゆっくり話がしたいんだけど」
笑顔で聞かれて、何となく、断れない雰囲気になってしまった。
仕方なく、小さくはいと返事をする。
「お名前は?」
「市井 大河 です」
「2年A組の……市井くんね」
ジャケットの内ポケットから出した小さな手帳に、綺麗な万年筆でさらさらと書き込んでいく。
「身構えなくていいからね。別に、心理カウンセリングをしたいわけじゃないから」
肩をすくめて笑う表情はとてもリラックスしている。
ペコッと頭を下げると、先生は、「それじゃあまたあとで」と言って、教室を出て行った。
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